目標を決めないことで傷つかないように生きる

オリンピックで金メダルを取ったような人が本を書いて、普通の人がそれを読んで「自分にはとても出来ないな」と思ったり、やってみようとしていつの間にか忘れているとか、出来なかったことに傷つくってことがあると思うんだよね。

そこで大事なのって、たぶん多くの人が大きな目標なんて立てないでいるのは、そうすることで出来なかった自分に傷つくということがない、ある意味で賢い考え方をしているからなんだと思う。

子供の頃の夢を実現したとは俺は思っていなくて、ゲームが好きでゲームクリエイターになったけど会社のしがらみで思うように作れなかったとか、ゲームクリエイターになる前は建築や電化製品の開発職をしていて、そのときでも「いい仕事してるのに何が不満なの?」と聞かれると「ゲームクリエイターになりたかったんだよ」なんて返して「贅沢だなぁ」と言われたりしたもんだ。

「思考は具現化する」って本が売れて、望んで叶ったことは夢がかなって嬉しいけど望んでないことは実現しても叶ったという実感がない。「だから望め」って書き出しなんだけど、これはまるっきり反対だと思ったんだよね。

そんなわけで近頃は大きな夢を描くより、食事を買うのにスーパーに行ったらどら焼きやカステラを買ったり、雪の宿やピーナツチョコを買ったり、そういうことをしておくだけで何のイベントもない日々のコーヒーブレイクがちょっと楽しくなる。

そういう小さい幸せの積立貯金みたいなものが本当の平凡な幸せだと思って生きてます。

お金の掛からない遊びでも金を掛けたほうが強くなる

世の中にはどんどん新しいゲームが発売されるので買い替えに付いて行って遊ぶだけでも結構疲れる。モンハンもPS2PSP3DSまでは頑張って付いていったがクロスは最後まで遊ばずにPS4のモンハンワールドが出て、正直ついていけない。

そんなだから、せめて金銭的負担を減らせないかと古くなったゲームで遊んだりするのだが、格闘ゲームが強いなんてのも古くなるまでやりこんだからで世間のブームと比べると強いというより置いてけぼりの今更な感じがするかもしれない。

ところで、自分は本当にゲームに強くなったのかふと考えてみると、確かにお接待とも言えるひとり用ゲームのコンピュータと戦うよりは、いやらしい手を打ってくる人間相手に勝ってきたわけだし、対戦型で常に先後を入れ替え先手で勝ったら後手を考え、後手で勝ったら先手を考えてきた。先手で勝って先手にあぐらをかいているとあっという間に追い抜かれる。その競争の中にいた事もあるし、やめたことで俯瞰で今どちらが優勢か見極める慧眼を得たかもしれない。

ここで、例えば将棋のような公平なルールでお金がかからないゲームでも、詰将棋の本を買ったりパソコンでネット対戦をできる環境があるから強いのであって、碁会所のようなところで毎日子供同士で遊ぶのとは違うけど、それなりの投資をして強くなっただけではないかという疑問が浮かんできた。

ストリートファイターで確実に昇竜拳が出せるのも、例えばスーファミストIIだけでコントローラが壊れるまでやり込んだとかでなく、ネオジオも持っていればPS2も持っていて、ストIIに餓狼にバーチャに何だかんだと普通なら飽きているところを目先を変えて遊んできた中で共通項を見つけ出し抽象化した考え方で元のストIIに戻ってみたら案外あっさり勝てたという話ではないか。

ここいらで腰を据えて古いゲームをやり込もうと考えているけど、そうすると5年先とか10年先に貯金は増えているかもだけど、ゲーム仲間は減っているかもしれないし、情報量で負けて新しいゲームを買った人に古いゲームで負ける可能性もあるんじゃないかという気がしてきたぞ。

それが、近頃ではそれならそれで良いと思える。ゲーセンに行く楽しみのひとつに色々な格闘ゲームを遊びながら、今の自分の腕でストIIXをもう一度遊ぶと何か変わって見えるか、ストIIXばっかりやっている人に勝てるかということを、いつでも比べられたから、今度は自分が比べられる側になってやれば良いだけの話ではないかと思う。

「なあ、ミヤザワさあカプエス2の小小中ってどうすんの?」

格闘ゲームの腕前が海外で評価されて日本ではイマイチ、というか日本でも一緒にやっていた人からは適切な評価を受けているんですけど、2ちゃんねるとかで評価されたことはないってくらいの話なんですけどね。あんま国内で評価された感じはしないです。

というのも、周囲の人間の評価が低いんですよね。家族はゲームのせいで学校の成績が落ちたと思っていて、ゲームをしているということに対して評価が低いし、そのくせ俺がゲームを辞めて資格を取ったり会社勤めをしているとプロゲーマーを引き合いに出したりして、親兄弟から見て家族内いじめられキャラでしたから。

そんで同級生からの評価も低い。中学くらいから格闘ゲームでの対戦では負けなかったんですけど、何かとみんな忙しくなってやらなくなってからも続けて、そうなると昔に負けたのを根に持っているものだから応援に回るでなくゲーセンに居るのを見つけたら「おうおう、やってんな」と絡んで隣で見て「負けやがったザマァw」みたいな感じですよ。

それで「じゃあお前やってみろ」となったカプエス2でも2ちゃんでは下から二番目と票が決まっているブロッキングのPグルーヴなのに「ブロッキングずるい」とか言って負けを認めない。

一番驚いたのがEVO動画などが日本でもネットで観戦できるようになって海外の有名プレイヤーもジャストディフェンスとかオリジナルコンボを悠々と決めるのを見て同級生が「よっしゃ、じゃあ俺もやったるわ!ところでカプエス2の小小中ってどうやんの?」と聞いてきたんですよ。

たぶん、読んだ人には意味がわからないから説明するとストリートファイターIIターボで流行った「チクパン」という技があるんですね。

「チクパン」とはリュウケンのしゃがみ小キックからアッパーを連続技にするテクニックで、しゃがみ小キックはそれ自体出るのも引くのも速い技なんですけど、引っ込む動作の時に続けて小キックが押されると引っ込みをキャンセルして次の小キックが出るという仕様のため、連続ヒットする「小足連打」が出来るんです。

そこで6つあるボタンの同時をしをした時に動作がおかしくならないようにボタンの優先度がプログラムされていて、小キックから連打のタイミングで小キックと大パンチを同時押しすると連打のプログラムと同時押し制御のプログラムがかぶって小足払いから連打のタイミングでアッパーが出て連続技になるんですよ。

しかし、カプエス2でよく見られるリュウのしゃがみ小パンチ2回からしゃがみ中キックキャンセル真空波動拳というコンボはそういう裏技無しで、しゃがみ小パンチからしゃがみ中キックを2フレーム(30分の1秒)くらいの精度で目押しするテクニックなんですね。

それを「きっと自分が知らないだけで、みんなチクパンのようなずるいテクニックで連続技を決めているだけだろう」と推測している同級生の知識の浅い部分と、そういう風にしか負けていない、ストIIからストIIIとかSNKのゲームで培われた色々のテクニックをすっ飛ばして、中学の時と同じように同級生だから自分も勝てるだろうとナメられているのに、腹が立つより呆れてしまったんですよ。

「あのさあ、普通に小パンチ2回押して中キック目押せば繋がるんやけど・・・」「ウソや!教えろや!絶対ズッコイことやってるだけやろ!」「あのなあ・・・」

これで、話は噛み合うことはないなあ、何から手を付けたら良いんだろうと随分と長い間悩んでいるんですけど、動画取ってネットに上げたら見てくれる人は見てくれるので、今日のフィギアスケートで宇野昌磨選手の動画がジャンプばっかりで、ステップの部分が飛ばされているのを見ながら、フィギュアで金メダル取って毎日テレビでやっている人でもジャンプの4回転しか分からないわけだから、ストリートファイターなんてウメハラブロッキング動画でも分かってくれる人がいるだけマシかもなと思うようになったんです。

だからまあ、海外で評価されたことはむしろ国内では分からない部分を分かってくれる人がいる世界の懐の広さに感銘するべきで嘆くべきではないと思えてきました。


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