牡蠣の殻はカルシウムだよな

大気中の二酸化炭素を捕まえるのに水酸化カルシウムが使えるかもということは分かったが、自然界からカルシウムを調達するにはどうすれば良いか、先ずは錬金術の第一歩として石ころを拾ってきて成分を調べるということから入ったが、石ころよりも貝殻の主成分は炭酸カルシウムでこの貝殻が作られる時の生化学反応で炭酸カルシウムに二酸化炭素が取り込まれているので、牡蠣の養殖でも二酸化炭素って減少するんじゃね?と思ってみた。

しかし、そこまで考えると牡蠣の殻を大量に集めた時点でカルシウムは二酸化炭素と合成された炭酸カルシウムになっているわけだからそれを水酸化カルシウムに変化させて二酸化炭素を吸収するという企画はボツになった。なぜなら炭酸カルシウムを水酸化カルシウムにする時点で二酸化炭素を逃してしまうからだ。

サンゴ礁二酸化炭素を吸収すると言われて動物なのに何でかなと思っていたけど、それは生化学反応で殻を作るからなので、真珠や牡蠣の養殖でもいんじゃね?出来た貝殻をどうリサイクルするかと考えるとサンゴ礁のほうが観光資源になるのかもしれんが、牡蠣の貝殻をどうにかして広島で解決できないものなのかと奈良県民が考えてみた。

大和郡山市の名物は金魚なんですけど、近頃は真水に近い水槽で養殖されています。俺が子供の頃は緑色の金魚池で飼われていて、バケツに蓮の葉っぱを活けてそこに金魚を泳がせておけば餌などやらずとも自然に増える藻を食ってバケツの中で食物連鎖が起こるさまを見て楽しんでいたなあ。バケツの中で藻が作る酸素と金魚が吐く二酸化炭素の割合が大気と比べて酸素優位ならバケツをどんどん増やせば良い気もするけど。

同じように貝も二酸化炭素吐くのかな。貝殻を作るのに消化する二酸化炭素と自分で息をする二酸化炭素どっちが多いのかとか、そこはちょっと気になる。でも俺は生牡蠣は苦手だしカキフライにしても5つくらいが限界だよな。食べてやっつけるのも大変だぜ。

まあ、地球のことを考える前に自分の部屋の掃除をしないといけない気もするけど、ホコリって集めてもリサイクルできないシロモノなのだろうか。また考えよう。

「書斎」という言葉の響にかつては憧れたが

子供の頃に読んだ本の中に「書斎」という言葉があって漠然と憧れたものだが、近頃は書斎よりダイニングや庭やプールとか開放的な空間に憧れるよな。俺の家は日本建築に分類されていたはずだが高校の時に爺さんが先に行って親父がリフォームを決行した結果、日本建築を半分残して俺と姉と弟の3つの子供部屋が出来てそれはそれで子供時代としては幸福な経験をさせてもらった。

詳しい経緯は後に書くとして、ひとまず俺の四畳半の部屋はこんな感じだ。

f:id:karmen:20180316172129j:plain

f:id:karmen:20180316174505j:plain

だいたいではあるが、家が広くて子供が男と女のふたりで男が家を継いで女が嫁に行けば新築などしなくても全ての家が循環しそうなものであるが、少子化とか核家族化とかで別々に狭い家に移り住む方向に社会が動いていった気がする。都会化も影響してるかな。

俺の家族もかつては2世帯7人でそれはそれでみんな住めていたから広い家なのだが、祖父母がいなくなっても子供が3人ではそのままでは住めない。俺はマンションに引っ越し、母親が諸事情で別居し、姉が結婚して新居に引っ越し、親父と弟だけになった家に俺が帰ってきて、弟が成人して引っ越した。

だから今は俺と親父のふたりで7人で住んでいた家を占領しているわけだが、物置や離れに姉と弟の部屋は使っておらず、手入れをしていない部屋は物置と化し、居住空間は散らかっている。俺が子供の頃は婆さんが毎日必死で掃除をしていて、痴呆になってから施設に預かってもらうまでの間に母親が介護と家事を放棄した。

俺は帰ってきてからもこの子供部屋で暮らしている。書斎という響きからは程遠いが、寝室であり勉強部屋であったところにマンション住まいのころから持ってかえって使えるものは持って帰って部屋に入るだけ詰めてから、配置などを変えて今の形に落ち着いた。勉強机は色々と取り払ってパソコン机となり、テレビと本棚と寝床になっている。

まあ、取り立てて説明することでもなかったが、ケータイでの自撮りやギターの弾き語りが流行ったように「実は俺の部屋はこんなだよん」という回転パノラマ的な自撮りが流行ったり・・・しないか。

水素の燃焼と水酸化カルシウムの反応

二酸化炭素による地球温暖化対策として大気中の二酸化炭素光合成で酸素にするために緑化が大切だと流布されているんだけど、もうちょっとケミカルな方法はないものかと勉強を始めました。

燃料に水素を使う駆動機関を使えば二酸化炭素を排出しないと気付いて水素系燃料は何があるかとネットで調べたら「燃料電池」と俗に言われているものが水素を燃料としていて、ガソリンスタンドで水素を補給する。既に実現しているのを知りました。

次に既に大気中にある二酸化炭素水酸化カルシウムとの反応で炭酸カルシウムに変化させることで取り除けないかと考えました。

これは実用例がネットを探しても見つからなかったが、石灰水の溜池を作っておいたら大気中の二酸化炭素とどのくらい反応するのか。よく「温室効果ガス」といって「地球の大気の外側に二酸化炭素の層ができる」と言われているが、二酸化炭素って大気より重いから地表近くに降りてくるものなんじゃないの?もしそうなら解決に近づくはず。

ちょっと話が横道に逸れますが、俺もプログラマーを20年とかやってみて「コンピュータって何の役に立つの?」と問われ自分でも問い続け、働いてメチャメチャ役に立ってるつもりだったんですよ。

どう役に立ったかというと相互利益ですよね。コンビニで毎日100円のおにぎりを買っていた人がコンビニと家の間に50円のおにぎり屋が出来たらそこでおにぎりを買うようになって、おにぎりの原価は5円だから俺はコンビニで買うより50円お得でおにぎり屋は45円得というのが相互利益の基本的な仕組みで、これって実は俺が45円損しておにぎり屋が45円得してコンビニが100円(乃至は原価の5円)損しているんですけど、相互利益って呼ぶから不思議ですよね。

コンピュータ業界はほとんど完成されたマトリックスで椅子に座っているだけで給料がもらえる会社がいっぱいあるんですけど、そういうところと張り合ってどこかでコンピュータがプログラムでやっているルーティンワークを新しく自分で作ったルーティンに置き換えることで利幅を狭めて自分たちの利にしたわけですよ。

だから科学的な新発見とか特許を取れる発明というよりも隠匿された錬金術を暴いただけなのかも知れません。つまり、役に立つどころか詐欺に近い暴利を商売と言える範囲まで値下げして役に立った気になっただけ。

そんで今日のネット調べもので分からなかった部分、次の課題は化学の電気分解と吸熱反応という2つの化学変化で物理のエネルギー保存の法則が成り立つのかということですよね。もはやエネルギーとは何なのかという哲学的な問いにすら発展しそうな。

水素が燃料になると空気中の二酸化炭素問題が水蒸気問題になって天候の変化が起きないか、とかもありますよね。まだまだ先にどんな問題が潜んでいるのか分からないんですけど、個人的に日本史と化学は苦手だったのでおさらいしてるところです。

まだ自分は騙されているだけで暴いてみると「エネルギー問題」という言葉は蒸気機関の時代に問題になった熱エントロピーの問題で化学エネルギーの時代の問題ではなく、環境保全の後ろ盾として使われただけかも知れませんね。

プログラマーで金儲けたってのに罪悪感があったから、大きな社会問題に向き合うことで贖罪をしたかったと思っていたら、社会問題ビジネスというさらなる巨悪に飲み込まれていたと捉えるのが正しいかもしれません。善悪観すら根底から覆るほどの巨悪に。


🄫1999-2023 id:karmen