マジックザギャザリングの白と緑を入門向けに解説してみるよ

対抗呪文を中心としたカウンターデッキで遊んでいるのを見るとポーカーのような手札の読み合いのゲームに見えてしまうが、実際に世界で楽しまれているマジックザギャザリングというのはテーブルに騎士やエルフやドラゴンという生物のカードを並べて殴り合うゲームだ。
集英社コナミの共謀で遊戯王が流行ったため、怪物を並べて殴り合うという意味ではまあ変わらないのだが、マジックザギャザリングの面白いところは土地カードとマナというルールがあって、カードの比較が数字の大小の単純比較でなくマナ・コストつまり代償の大小と効果の大小のコスト対効果を天秤にかけて考える所に本質がある。
そして土地カードと生物カードを一緒に繰って遊ぶ時の確率計算はサイコロの確率計算よりはるかに複雑になる。確率よりズルのほうが強いと思う人にも有益なことを書くのでまあ、続きも読んで欲しい。
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写真のカードはティタニアの僧侶というエルフのカードだ。手持ちのカードでエルフが残っていないか探して見つけた見事なエルフ。このエルフの絵を描いているレベッカさんという画家はとても人気だ。話が逸れた。
まあ、エルフと言えば代表的なのはラノワールのエルフである。緑1マナで召喚できるパワーが1、タフネスが1の貧弱な農民なのであるが、一応パワーが1あるので戦闘要員と見做せるが、貧弱である。エルフの特徴はパワーとタフネスではなく森カードと同じようにタップで緑マナが出せることにある。
では、エルフと森カードとどのくらい違うのか。先ず、パワーとタフネスがあるので攻撃とブロックが出来る。そして、それ以上のメリットとして、土地カードである森は1ターンに1枚しか戦場に出せないのに対して、生物カードであるエルフは召喚コストが支払えるなら1ターンに何枚出しても良いというところにある。
そのため1ターン目に森を置いてからエルフを出す、2ターン目に森、レンジャー、極楽鳥と繰り出すと3ターン目に3枚目の森を置くとエルフ、レンジャー、極楽鳥というのは全部見做しエルフで6マナ出る。これで3ターン目に6マナの大喰らいのワームを出せば、見込み5ターンくらいで勝利できる。まあ、相手が何も邪魔しなかったら、だけど。
ついでに、それに対して白デッキはどうなのかというと、エルフやレンジャーにマナを生み出す能力が付いているように先制攻撃や飛行などの能力が付いている。騎士、狼、ペガサス、騎士と並んいでいるとワームが攻撃してきた時に全員でブロックする事ができる。遊戯王では怪物同士の戦いは常に1対1になってしまったが、MTGは攻撃に参加するクリーチャを自分が選ぶと、相手がどれをブロックするのか選ぶことが出来て、1体を複数で受けることも出来る。そこで騎士と狼が並んでいると、ワームを3体でブロックして攻撃力の足し算でワームを先制攻撃で一方的に倒すことが出来る。そうすると白が有利に思えるかもだが、いざ攻撃に回るとなるとワームが攻撃せずに待っていたら、騎士が攻めても1匹ずつワームにブロックされて食われることになる。そのため、通常のゲーム進行では緑がエルフから怪物を即座に呼び、白は騎士団が並んで防衛し、その上をペガサスが飛んで20点のライフを1点ずつ削るというようなゲーム展開になる。
こうなると、ゲームを決めるのは引いてくる手札になってくる。土地と生物のバランスで、土地を引きすぎると戦場の部隊数で負けて戦線が崩壊して少ないほうが負ける。しかし、天使のようなレアカードは白なのに大きくて飛行が付いているので、戦線が5部程度ならその上を飛んで召喚して5ターンで相手のライフをゼロにしてくれる。だからお互い似たり寄ったりの軍勢で緑がワーム、白が天使なら大きくても騎士の軍団を相手に攻めあぐねるワームより飛行が付いている天使の側が勝つ。飛行が付いている天使は飛行を持たないカードにブロックされないからだ。
天使が強いカードなのは誰もが認めるところだが、それは平地や騎士や狼が充分な枚数揃っていて、戦線を構築できた時にトドメのカードになるから際立って見えているという話だ。
なんだかんだ、関わったり離れたりしながらだけど20年以上MTGを考えている。そこで「大きいの出したら勝ちな幼稚なゲーム」と言われると「将棋って飛車取ったら勝ちやろ」くらいのことを言われている気分になる。まあ、飛車をただどりできれば大概勝てるのは間違いないが。先日テレビで将棋をやっていたら、コンピュータに破れた人々が先生と女子の解説の元で正座をして対局していた。マジックザギャザリングもテレビではウケなかったがニコニコ動画で人気を集めて、しかし映像としてはどこまでも茶番だなと。
将棋を見ていい大人が木屑を並べて遊んでいると言ってしまえば、まだ絵が描いてるカードのほうが楽しいのではと思えるが、まあ楽しいのは傍目に見た世界でなく当事者同士の想像の世界だから、想像力がない人にはただのかるた取りだわな。そんなものに何を長々と解説しているのだろうか。俺にはカードの絵をテーブルに並べた時に凄まじい戦場が想起されるのだけど、その世界を人に伝えようと思ったら繰って並べて遊んでないでアニメーターとか特撮監督にならないと出来ない気はする。ゲームクリエイターとは。

白ウィニーは速度でファッティに勝っているという嘘

リミテッドでウィニー戦略をとって速度で勝って戦場を数で制圧しても勝てない時は勝てない。ゲームをやらない人が批判の緒にする「MTGってでっかい怪物出したほうが勝ちとちゃうの?」と小馬鹿にされた時に必死にならなくて良いように先に言い訳を考えておく。ちなみに、正確には「MTGは20点から始まるお互いのライフを先にゼロにさせれば勝ち」であって、大きい怪物を出したほうが勝ちではない。しかし、相手のライフをゼロにするには戦場に大きな怪物がいれば成したも同然である。ではどこでロジックが混乱したか。ひとつづつ解き明かそう。
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先ず、大きい怪物を出したほうが勝ちというルールに真っ向から対立するのが白のウィニーデッキである。ウィニーとは「弱っちい」という俗語から来ているが、勝利を意味するウィンに語呂が近いため縁起物として喜ばれるかも知れない。これは格闘ゲームヴァンパイアのビクトルが勝利という意味なのに何故かザンギエフ級に弱いキャラなのと近しいものがある。話がそれた。
ウィニーが速度で勝つというのは、4ターン目くらいまでの出来事で7枚の手札から平地、サバンナライオン、平地、白騎士、平地、ジャベリン兵と騎士、と3ターンで初手を使い切ってしまう展開力がある。しかし、そのままでは相手にもっと大きい怪物を出されてブロックされる。そこで剣を鋤にでライフを与えながら除去してアタックで取り返すのだが、どう考えてもそれだけではまた大きい怪物を出されて負けてしまう。では何故勝つのか。それはレアカードのハルマゲドンが4枚入っていて、4ターン目までに展開したクリーチャで場が勝っていれば両者の土地が全部壊れてゲームがライオンと騎士の並んだ状態で振り出しに戻るから勝てるのである。
他には十字軍で強くするという手もある。これは大きな怪物を出したら勝ちではなく出した怪物が大きくなって勝つので反論としては弱い。運命の車輪を使うやり方もある。手札を使い切って、またお互いにたくさんカードを引いて自分のほうが先に使い切る。これらのメカニクスを合わせることで白ウィニーは強いデッキとなっている。
では、本当に大きい怪物より白ウィニーのほうが強いのかという疑問に答えを出したのがジンマゲドンデッキだ。白単のウィニーではなく白緑でエルフでマナを展開して大型クリーチャのアーナムジンを呼んでからハルマゲ丼する。つまり緑の怪獣デッキと白ウィニーの良いとこどりはウィニーとジンではなくエルフとジンとハルマゲドンなのだ。
この仕組に気づくことで、長らくウィニーとミッドレンジを組み合わせた展開力と中盤力のあるデッキを構想していたものが、ハルマゲドン無かったらやっぱりダメじゃね?と分かるようになった。だからまあ、ハルマゲドン自体がゲームの基本セットから無くなった時に白ウィニーは実質的に勝てなくなってMTGは大きいの出したら勝ちのゲームに本当になってしまったのだ。
その中での勝ちを目指すのはハルマゲドンのような高価なレアカードをいかに集めるかではなく、似たり寄ったりのカードの間の微小な相関関係の中の有利不利を読み解けるかどうかになってきていると思う。組み合わせの妙で完封を狙うゲームだったこともあるが、同じ組み合わせのコピーが横行してコピーで完封する側とコピーに完封される側に二分してから完封を決めたコピー同士で同士討ちをするゲームから、近頃では色々と多様性が認められつつもその中で勝率をいかに55%と45%に離すかみたくなってきてるんやね。
もしもカードの束が120枚で全てであった時に強い組み合わせの60枚と弱い組み合わせになってしまう余りの60枚に分けたら、その束で二人で遊ぶことは出来ない。120枚で二人で遊ぶには丁度バランスが取れるところで二分したほうが面白いだろうし、トレカではなくトランプはそういうゲームだから。マジックザギャザリングはカードバランスが毎年変化するけど、その中で面白いと思うシーズンは強い弱いにハッキリ二分されるシーズンでなく、シーソーゲームになるシーズンだ。それがつまらないという人もいる。特にプロとか目指していたらそんなシーズンは素人にも負ける可能性があるからだ。
MTGって大きいの出したら勝ちやろと言われて、じゃあ大きいの分けてあげるから一緒に遊ぼうよと言えるなら本当に良いゲームだ。そうじゃないと否定しながら大きい怪物は独り占めという矛盾を抱えたままでは内輪で盛り上がっても周囲の理解は無いだろう。俺は本当に大きいの出したら強いことは認めないといけないと最近特に思っている。いかに相手より大きいのを早く展開するかとか、大きいの出したら勝ちのゲームでも勝つための工夫はちょこっとあって。大きいの出したら勝ちってのは、そんな幼稚な遊びには付き合えないという防衛戦だが、本当はルールが分からない所に混ぜてもらえない恐怖からの防衛戦なので「そうやで、大きいの出したら勝ちやで。そやけど小さいのがコモンで大きいのがレアってわけでなく、緑のコモンは大きくて白のコモンは小さくて怪物VS軍勢という構図になって、普通にやったらどう考えても怪物が勝つところに赤や青の呪文が干渉するんやで。そして黒にはどんな大きい怪物もあっという間に殺してしまう必殺技があるんやで」というところくらいまで、キッチリ説明すれば大きいのを出したら勝ちであることを認めても大丈夫だと思うんだよね。
MTGなんて大きいの出したら勝ちやろ、幼稚やろ、とか俺の住んでる地域や俺がトレカ始める前からつるんでた仲間によく言われて嫌な思いをしたんだけど、ちょっと隣の駅くらいまで足を伸ばすと楽しそうに遊んでて輪にも入れてもらえたりした。どうして大和郡山市の駅前では発展性が無かったのか、ちょっと疑問なんだよね。流行りだした頃にショップが3軒出来て客の食い合いになって、店が儲けるだけ儲けてプレイヤーがすぐ居なくなったという。用心深く保守的な人が警戒心を抱いて排斥したようにも思えるんだけど。店がもちっと庶民的な値段で遊べる場所であって欲しかっったけど・・・。家賃が高いみたいな大人の事情もあるんでしょうかね。

部屋を掃除したらMTG出てきてレガシー組んでみた!

既に引退したMTGだけどダンボールからメガドライブと一緒にMTGのカードが見つかった!
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ミラージュ、テンペスト、ウルザズ・サーガ、エクソダス。めぼしいものは処分した時に無くなったが、引退した時に有り合わせのカードで作ったバントビートに古の強力なカードを組み合わせるとどうなるか、今の有り合わせで練れるだけ練った。暇なので。そのレシピがコレだ!
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ウィニーと緑のミッドレンジと青の引き増しが丁度いいマナカーブで組み合わさった感じ。まあ、トーナメントに行くともっと異次元のパワーカードで蹂躙されるのかもだが、そこらへんのゲームショップにこのデッキ持っていったら負けないんじゃないか?スタンダード相手ならだけど。MOならカジュアルで。
隊商の随員、天望の騎士、アルビノトロール、子守りなどのリミテッド高得点カードで殴るデッキに各色各セットのパワーレアを散りばめてる。これでも自分の足で大会予選に集まる人でなく地方で店で遊んでいる人のレベルを見てきて、勝てるかなと思うレベル。予選に来るのって店でいちばん勝っててお金もつぎ込んで自信のあるレベルの人多いけど、じゃあそのレベルの人が地方巡業したら勝てるかと言うとそうでもなかったりするんだよね。
この前身のデッキはお小遣い3000円でガチな相手に勝てるのかというテーマで自分のプレイヤーポイントをドブに捨てる覚悟で臨んで、スタンダードで店舗大会2勝2敗、京都グランプリ予選2勝4敗くらいだったかな。ポイント稼いでも賞金入賞は遠く、カードを買うのに浪費する事を考えたら安く遊んで負けても良いやって思ったんだ。そして5万10万突っ込んだデッキで店舗3-1予選5-1くらいだったことを考えると、そんなにお金使わなくてもシーソーゲームを充分に楽しめるなと思ったんだよね。
だからMTGは構築に飽きてもリミテッドが基本で、何年かに一度リミットで貯まったカードで構築して遊ぶくらいで良いかなと。お金やカードは貸せないけど、カードの束があって知恵を出し合うのに頭と時間なら貸せまっせ。暇人なので。需要あんのかは分からんけど、遊ぶ人が居てこそカードの価値価格が担保されるから、将来までカードを資産にしたいと思ってるなら参加者が増えるのは良いことだと思うんだよね。誰もやらなくなったら高いカードでも紙くずになっちまうと思ってるから。
てか、簡単に言うと二十数年分貯めたカードの処分した後のガラクタでもその中で見込みのある強いカード集めたらメチャ強そうという。無関係に見えても繋ぎ合わせるセンスみたいのが少しだけ残ってる。まだ実際に持っていって試してはいない。
なんか、どっかにあるダンボールからガラクタカードをもらってタダで遊ぶ会みたいのを作りたい気分だ。のめり込む前そうだった。


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