ゲーム脳3D

イトイ新聞を読んでいるなかで

できることを続けるうちにカラダが作り替えられて
出来なかったこともできるようになる

という1節が深く印象に残って心がけるようになりました。
3Dゲームの制作にしても任天堂でも初期はユーロスタッフに頼って、
しかしユーロスタッフは精鋭ゆえ少数で構成されていたようです。
つまり、専門的で複雑であるけれど鍛えれば1人でもできる仕事だと。
なんでもいいからゲーム業界で仕事をしたいというスタンスから、
絶対に3Dの本格的なゲームをプログラミングしてやるという姿勢に、
その心がけで日々過ごすことで見えて来たものがあります。
高度で難解だと思い込んでいた3Dプログラムの描画に関する一部が、
意外と単純なことの応用と視覚的なトリックだと気付いたりします。
わかってくると、できるできないより、足さねばならない仕事の量、
少なくとも片付けないと次に進めない仕事がわかってきています。
1人で出来ない分をお金で補うとなるとゲームソフトの十数倍必要。
古いバージョンのShadeをインストールしてみてため息が出ました。
断続的であれ、足掛け10年を越す仕事なんだなと振り返りました。
ゲームの好みや作りたい目標も10年でずいぶん変わったものです。
10年前なら2D格闘ゲームが作りたいと思っていましたから。
3Dの迷路ゲームなら完成まで漕ぎ着けたDungeonDougがある。
その画面の真ん中あたりに駆け回る少年を描きたいなと思ってます。
そうすると、必要なのはプログラミングでなくストップモーションの
3Dのモデルが駆けているように見えるアニメ枚数の分必要になる。
これはPoserというソフトを買うと、ひょっとして簡単かもしれない。
けれど、手持ちのソフトを組み合わせて作るなら厳しいだろうなと。
プログラムに特化したカラダを3Dモデリングに慣らす辛さがある。
それなら、手短にできることの中で他にやりたかったことを優先で、
ラジコンのスポーツカーを買って来て庭で遊んだりをはじめました。

これはこれで仮想空間から現実に興味が移ったわけで喜ばしいこと。
前輪のステアリングやラジコンの電波などに興味がわいてきてます。