仕事づかれ

みなさん、こんにちは。
僕はいま関西の皆様のお風呂や台所に深く関係する某社に勤めています。
契約に秘密を守る守秘義務と言うのがあるので詳しくは書けません。
それで、帰りの電車で街の灯りをふと見た時に、
こんな明かりひとつひとつに人の暮らしがあって、
それを支えるコンピュータシステムの要点が僕なんかで良いのか、
ちょっと役が大きすぎるんじゃないかと思うことがあります。
もちろん、コンピュータシステムを使っているからといって、
すべてシミュレーション通りにコンピュータが片付けるわけはなく、
配管工事の方や供給会社の方の仕事があってはじめて成り立つわけで、
コンピュータが今のように進化する前から仕事は成り立っていました。
しかし一度コンピュータに頼った状態で人がその仕事に慣れてから、
もういちどコンピュータを外して手作業の時代には戻れないでしょう。
仕事をしていると、そのへんの脆さ(もろさ)に時々直面します。
コンピュータの進歩は速く、1年毎に性能は倍々になっていきます。
そのなかで古いコンピュータはどんどん不要の烙印を押されます。
では、不要の烙印を押されたコンピュータは即捨てられて良いものか。
これは、あるお医者さんの机に置かれたNECのコンピュータに、
フロッピ1枚に大事な患者さんのカルテが入っているなどして、
今さらフロッピ、されどフロッピなのであります。
今の仕事も職場の平均年齢は高い割にターゲットのマシンは新しくなり、
後継者の育成に時間をかけて来なかったツケを現在進行形で払ってます。
ベテランから何とか教わって仕事を継いでいかないといけない。
親父の店を継ぐのはあきらめたのにコンピュータでそれをするのか。
なんか歪んだ歯車に無理な力をかけてる感があって疲れがとれません。
ブログに弱音をぶちまけても、来週の仕事はこなさなくちゃな。
そして再来月には応用情報の試験てタイミング悪いけどそれ以外なし。