書店に本はたくさん並んでいて、立ち読みをしているお客さんがいる。
立ち読みが満席に近い状態でも書棚に本はたくさん並んでいる。
つまり、読まれていないで本棚で待っている本の方がはるかに多い。
そんな読まれないで待っているたくさんの本は全てプロの作品である。
プロが書いても読まれないで本棚で待っている方が多い本の世界。
東野圭吾も北方謙三も読んだ事が無いのにブログやツイートを読む。
そんでもね、ブログもツイートも文学作品じゃなくてコミュだからね。
知ってる人だから読むとか、そういう感情移入が書籍だとないからね。
探偵ガリレオと史記を数ページ読んで、ああこれは俺には読書は無理。
電車に揺られながら森博嗣全巻読んだ事もあったけれど、今は無理。
マンガならまだ何とかなる。
けれど吹き出し多いと飛ばす。
応用情報の過去問も午後の長文が読めない。
活字だけでは伝わらないと思っているからなんだよね。
毎日ブログを書いていて、これはあとで自分も読むからなんだけど、
他人から読んで何がどの程度伝わっているか考えると効果無しだよ。
読む人それぞれ自分に都合の良い解釈をするわけだから、
真実を書いてもウソかもしれないと思って読む人だっている。
これはもう文字を通してのコミュでは不可侵な領域だと思う。
そのへんの矛盾とどう向き合うかまた考えをまとめないとな。
毎日書く事が継続は力なりで何かになると信じてはじめたこと。
根拠は諺。(ことわざ)
多くの行動原理が諺に無意識で頼っていて、論理的じゃない。
小学生でたくさんの諺を覚えて高校でようやく論理学を学ぶ。
これはもう人格形成の上で避けられなかったことだな。
そのへんの自分の足場を突き崩さないと行動原理は変わらない。
うわー、なんか書き散らかしたけど、どうだろ。
論理的じゃない部分について論理的に行動するように直すべきか。
そう問うと、それも間違っていて人には感情があるからね。
今のままでも人と噛み合ないで困る事はあるんだけれど、
自分が変わらないでいると相手が合わせてくれる可能性もあって、
そこで相互に変わってしまうと噛み合うものも噛み合ない。
そんなところが落としどころですかねー。
チーザはビールに合うけれどワインには微妙。
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