ゲームを作って困ること

WebGL+HTML5 3DCGプログラミング入門

WebGL+HTML5 3DCGプログラミング入門

願って叶ったゲームプログラマなんだけど、なってみて困ることもある。


いままで羨望と尊敬のまなざしを向けてきたキラ星のような先輩たち、
いまでも変わらず尊敬している人ももちろんいるのはいるんだけれど、
あれ、この人昔は凄いと思ったもんだけど今はどうなんだろうって。
思っても手のひらを返すような態度の変化を見せることも出来ず、
もうちょっと先輩らしいとこ見せてくれても良いのにイジけられると、
またイヤミのひとつでも食らうと、すっごくガッカリするんですよね。


たいした心配事じゃないっちゃ、ないか。
もっとこう、イット業界の椅子取りゲームは熾烈な罠の掛け合いで、
ハッキリ言ってプログラムの技術より人間関係ゲームが主軸ですから、
ドラクエみたいな単純な倫理観でレベル上げ的にバリバリ働くと、
ロマンシングサガみたいに雑魚が強くなりすぎてクリア出来なくなる。


何か別の事業で利益が出る会社のソフト部門てのは「ごくつぶし」で、
運良く座れたその椅子に一生しがみつく覚悟でないとダメですよね。
転職してみて、これはエライところでスポイルされてきたんだなと。
(スポイルというと、ぬるま湯につけられてダメになっちゃう意味で)
余ったお金でソフト部門を食わしてる会社と、
ソフトを売ってその利益で食っている会社では、
ソフト制作にかける完成度や制作スケジュールの速度感が全然違う。
そのぶん、ちょっと給料の手取りは良かったりするけど、
元の仕事のぬるま湯加減から言うと比例していないギャップ感。


それから社会的に必要性のある会計システムと娯楽のゲームを比べると、
ここもゲームのほうが市場が自由で競争性が高くて厳しいなと思います。
趣味で作ってそこそこ良く出来ているのと売り物レベルの差は大きい。
その中でも、今の僕のレベルでも充分食っていけると励ましてくれる人も。


なんにせよ、スーツ着てお勤めに出てると社会の役に立ってる感があって、
無自覚にニートより偉いと思っていたりするんですよね。
これは一歩引いて見て、完全に社会主義に洗脳されてるんじゃないかと。
ICOCAのソフトをやってたときなんて友達に自慢したりしたものですが、
ICOCAというと首都圏でのSUICAと同じ関西のIC定期券のこと)
ちょこっと朝の混雑がマシになる程度で磁気券と何も変わっちゃいない。
駅や改札に近未来感を演出する飾りみたいなものだと思います。
そういうことを生業にしていると、なんか浮いた気分がするんですよね。
クルマなんかでも高級車のCPUなんかよりエンジンやタイヤのほうが、
必需性があって、それに対してソフトの需要って好景気の贅沢だなって。


ゲーム作りとか人間関係の話からだいぶ脱線してしまいましたが、
書いたついで消すのも惜しいので置いておきましょう。
贅沢のための仕事というのもニートより偉いで、まあ結論づけていいかな。
あこがれて、なってみて、やっぱりゲームのほうが必要性はないわけで、
簡単に言うと仕事を辞めて遊ぶということを定年まで我慢出来なくて、
甘えてやらかしてしまったなという感想でいいでしょう。


ここから元いた会社に戻れないところが、ちょっと問題なんですよね。
そもそも倒産してなくなったところなんか戻りようもないですからね。