3つの魔法

魔導書ソロモン王の鍵

魔導書ソロモン王の鍵

早稲田大学魔法研究会というものが、かつてあったらしいです。
もっと遡ると東大で魔法を研究した澁澤龍彦(しぶさわたつひこ)という方がいます。


魔法の歴史を勉強する、というほど大層に構えずウィキペディア百科事典を読むと、
仏教の釈迦の敵を表す「魔」という概念が英語のマジックの対訳にあてられたことが、
国語で言う魔法の語源になっているのであろう、ということが読み取れます。
ここでの魔法は聖書の敵であるソロモンが悪魔を呼び出す儀式を指すものでしょう。
16世紀頃にはその術を記した魔導書グリモワールというものが実在したそうです。
(それが読まれたとき、どれほどの信憑性を持ってしたかは伺い知れませんが)
これが、ひとつめの魔法。


ふたつめはメンタリストDAIGOやちょっと古いとミスター・マリック、ユリゲラー
トランプマジックやスプーン曲げといった種ありのマジックショーの意味でのマジック。
マジックのタネを探し始めると、カードマジック事典という古い書物に行き当たります。
マジック業界では絶賛されているのに類書が無く、絶版状態になっている本ですが、
ほとんど文章で書かれており、ひとつひとつのタネは現在では東急ハンズで買えます。
仕掛けトランプやDVDとともにパック販売されていて、小分けにしたほうが儲かる。
かつてのマジックは科学的な視点でタネを明かされインチキになってしまいました。
昭和時代にマジシャンはペテン師とされ、平成の文化的な豊かさにショーとして復活。


みっつめ、として挙げてしまうのは、ちょっと気が引けますが、創作の魔法。
ハリーポッター指輪物語の映画化でスクリーンを飛び交う魔法の数々。
またドラゴンクエストのようなゲームのシナリオの中で語られる魔法。
こういった創作物の中の魔法は特撮技術とコンピュータの融合で実像に近づきます。
冒険小説やアニメ映画に人が夢中になるのは、そこに描かれる魔法の魅力でしょう。


魔法とひとくちに言うと子供っぽいと思われてしまう世の中です。
それは3つの意味での魔法の手品の意味と挿話の意味で捉えられるからだろうし、
ひとつめの意味で捉えているなどと言うと、到底理解出来ない現実離れの印象でしょう。


その中で、魔法書の乱読から学んだ事があります。
かつて火が燃える原因は炎の精霊サラマンダーの仕業だったという説があります。
サラマンダーと言うと国語ではサンショウウオのことですが、どうしてそれが精霊か。
薪に火をくべた時に、薪の樹皮の陰に住んでいたサンショウウオやイモリが飛び出し、
炎の中からトカゲが飛び出すという現象が散見された事がその由来と言う説があります。
これに対し、悪魔召喚の儀式のひとつにイモリを串に刺して炎で焼くというのがあり、
その行為はサラマンダーが炎の精霊であると言う当時の精霊論の否定に当たります。
のちに錬金術となり科学となるものの礎に魔法はあったのではないかと僕は考えます。


僕がそこまで魔法にこだわって変な本を読みあさったキッカケは、みっつめの魔法です。
子供の頃テレビゲームで遊んで、魔法に興味を持ちファンタジー小説を読みあさり、
その題材となった神話や古典に夢中になり、気付けば魔法の言葉をたくさん覚えました。
長い遠回りをして、現在では誰も信じていない原因にも行き着き、実現可能性の低さに
魔法を勉強しても自在に魔法を操るのとはほど遠いところに辿り着くという挫折を感じ、
さて、どうしたものかと思案するところではあります。


ただひとつ言える事は、澁澤龍彦さんは生前インターネットもない時代に、
僕よりもっともっと魔法を勉強したんだろうなという事だけは伺い知る事ができます。
いきなり前置きも無く始めてしまった魔法の話、今日はこのへんで。