雑念を書き出してみると


部屋を掃除して出てきた一枚の絵。
「ゲーム会社はこんな絵を描いているだけで何を偉そうに」と
昔のゲームのドット絵に対して思ってたこともあります。


最近では画面がきめ細やかになってきたので、ああ上手だなと。
上手下手以前に凝っているし、ゲーム中に入っている枚数も増えて、
映画や画集と比べて分量はどうだ、となると細かい話は知りませんが、
まあ、5000円くらいのゲームを買っても損な気分にはならない。


それにゲーム業界で絵を書く人に対する敬意が比例して伸びてきました。
絵は子供の頃から時々書いていて、自分でもできると思ったものだから、
自分にはできないプログラマーの仕事に尊敬の念を持っていました。
プログラマー歴は今で十数年になり大手メーカーの下請けになりました。
なってみると、なんか憧れてたものと実像は随分違っているけど。


そして絵を描くのに必要な道具は何でも小遣いで買えるわけで、
やろうとするとプログラマーをやめて絵を描き始める事もできる。
ただ、それで食えるかって言うと、なかなかそういう自信はなし。
あると思うんです。
絵の職場でも「こんな描いたのに捨てカットか」みたいなことね。


今の仕事もなかなか一生続けるハラが決まらないのですよね。
「これも勉強のうち」を積み重ねて定年という先例を近場で見ながら。
ウチの親父なんかは年金もらうまで趣味らしいものを見せない人で、
最近になってラジコン作ってゴルフに行って楽しそうに過ごしてます。
日本の職業観とか趣味観みたいなものはそうなのかもと思いますよ。


職場で上司に言われた「今は考えているのではなく迷っているんだよ」
考えるためにはそのための知識を詰めて決断して話を進めなきゃならん。
今の仕事を続けながら絵を描く時間を作ろうと思えばいくらでもね、
もとからテレビばっかり見て年中自由でも絵なんて描いてないから。


掃除で出てきた、こんなんでも描いてた時期があったんだなという話。
探せば断続的にときどき描きたくる時期があって、下手にはなってない。
それは救いにはなってるんよな。