ガリレオ再放送

イエスキリストは何故死んだのか。
何事もひとりでは成せないものですが、仲間選びというのもリスクがある。
そう、イエスキリストは弟子の裏切りにより金貨で売られてしまいました。


裏切りに至るまでに敵を作ってしまったということが前提にとも言えます。
「凶器がナイフだった」というように裏切りは最終結果により近い原因で、
何故死んでしまったか、それはナイフの傷から大量の出血で、という答えは、
そういう医学的見解を何故と問いているのではなく、動機が大切ですよね。


ガリレオを見直すとトリックの解説から一歩踏み込んだ推理も出てきます。
初回放送時には見落としてたな、時とともに忘れてしまったなという部分、
本は三度読めとか言いますが、今の世の中ドラマは三度見ろでいいかなと。
第一回のガリレオに端役でウメハラのそっくりさんが出てるんですよ。
そして僕は福山雅治の演じるガリレオ探偵になりきって見ていましたけど、
トリックを暴く探偵と知能犯というのは通ずる部分があり、
ドラマ放送から現在に至るまでに僕のほうが知能犯側に近づいてしまった。
特にこの数ヶ月のあいだ工場で色々のことを覚えて自画像が変わったなと。


何かに対し恨めしい気持ちを持った時に、犯罪になる復習を企てるより、
もっと別の方法で心因的な回復や殺してしまわないような仕返しをする、
気に入らないヤツがいじめられるように計らったりするようになる。
とんでもなく悪いことのようで、これ、結構普通の人がみんなやってる。
それが口伝いの噂か、ゴシップ雑誌なのか、2ちゃんねるかの違いでね。
その話を今以上に書くとキリストもガリレオも関係ない方向に行くので、
また論旨をハッキリさせてから別の話にまとめるとして、話を戻します。


僕が何かで叩かれてる時に、例えば顔がキモイとか言われたとして、
その原因は顔がキモイから整形したら良くなるかと言うとそうでなくて、
誰かにとって何らかの要因で気に食わない状態を生んでいるから、
そっちの筋から何か叩いて腹いせしてやろうと顔の話になってきてる。


将棋は負け始めてからいくら考えても逆転性が無いといいます。
気付いたら駒の数が足りなくてどう打っても苦しい立場に追い込まれる。
負けた原因は最近の話では無くもっともっと先に打った手にあるんです。
王将が取られたら負ける、玉将を取ったら勝てる、そんくらいは分かる。
そこに至までにどういうプロセスがあって、結果が上手く出ない原因も、
それは多岐にわたって色々あるけど自分の責任で改善出来るのはどこか、
よくよく見極めて修正しないと対症療法から抜け出せないんですよ。

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