裁量労働制

社会人1年生のとき常々思っていた事。(現在実時間2013年8月10日、社会人暦15年)


プログラムの仕事というのはコンピュータシステムを頭の中に叩き込んで考える時間が非常に大切な仕事である(プログラムが電子化される前に卓上電子計算機を発明した島正利さんは1万個のトランジスタの配線を記憶していたらしい)経験を積むとケーススタディで場面にあった答えが出るが、新人の頃は行き帰りの時間も寝床にいても頭はコンピュータシステムの事でいっぱいであった。しかし、給料がもらえるのは会社で机についている時間だけである。これを当たり前だと思っている人は、ちょっと考えをルール本意にしているので思い直したほうが良い。交通費は出るが通勤に時間がかかっているのにそのための賃金も支給されない。


こういうことはコンピュータの仕事だけでないと歳を取ると分かる。たとえば新聞配達など部数でナンボなので、配達先が密集していて新聞屋から近い地域を取ったほうが時間給に変換すると高くなる。


辛いのはそういうルールを飲み込んで有利な立ち位置を取るベテラン相手に新人ひとりで立ち向かってしまったからなのだろう。たとえばその会社の社長の息子が開発部に3日間だけ研修に来た事があったが、まあ、そんな時の事を俺に細かく説明させるな。「やってられるか」だ。そうはいいつつ幸い俺も実家に戻った今は社長の息子なのである(親父の店はあまり儲かっていないのが残念だが)


何にしてもブログで発信を始めたのが手遅れだったとしか言いようが無い。そのころは会社の守秘義務というのを生真面目に守って愚痴をこぼすこともしなかった。そしてそこまでしたのに捨てられたのだ。コンピュータの勉強をするならもっと整備された王道が他にある中でレガシーシステムというのは他人のラクしたツケを肩代わりして払ってやるような仕事だ。それ以上は言いようが無い。前任者は簡単に大儲けで楽しかったろうな。畜生!


こんな文章は読んだら気が悪くなったかもしれないが、決して本にはならない新聞にもならないネットでしか読めない意見だと思って我慢して下さい。