ある種の自由

現在実時間2013年8月26日。


日記の日付に時間が追いつくと世の中では夏休みの終わりだが俺はおそらく暇を持て余していることだろう。


会社員だと出向は避けられないから、せっかく大阪市内にマンションを借りてもまた兵庫まで飛ばされる、といった無茶な仕事が多かった(確か2002年頃)フリーになるとやたら胡散臭い会社の爺さんから携帯に電話が舞い込んで忙しくあちこち仕事に行ったが、嘆願されたりするのは決して仕事の必需性みたいなことではなく、やはり仲介の上澄みが旨いからなんだろうなと分かるが、独立した若者に売り上げ丸っと入れるほど甘い社会でもない(一度だけ案件が済んでから長期に自宅にいても給料を振り込んでくれる良心的な会社もあったけど)そして、そういう面倒から元の会社からの仕事も受けて面白そうな仕事ばかり選んで、最後にもういいですと断った翌月にゲームの仕事が来た。


ゲームの仕事の終わり際は決してWin-Winとは言えない激おこプンプン退職だったけど、まあ終わったことは仕方が無い。電話が鳴ったのは給料の振込の確認くらいで、8月は静かな夏休みだった。


そして秋まできっと暇だろう。会社から来る仕事を受けないということは、自分でお客さんを見つけてモノを売ったりしないとお金は増えない。貯金を崩してダラダラしていつまで持つだろう。ニートだよな。また目的も無くギターを抱えて歌でも歌ってみようか。24時間テレビなんて全部見ちゃったぜ、というような体たらくです。


この感覚は始めてではないし、前はハローワークで解消した。結局IT関係で正社員応募だったのに、そんときの面接官の人がベンチャー立ち上げて「一緒にやろう」と口説かれて、まあ騙され半分だが待遇は歳を取るにつれ良くなってるんよな。


また自分で仲介の立ち位置を取れないかと走って回って取ってきた携帯ゲーム案件を某やねうらおの中の人に紹介して、丸々持って行かれて、よっちゃんイカを買うついでに家を買ったという話も聞いた。仲介するには口座周りなんかの手続きをガッチリ固めてお客さんと技術者をなるべく直接交渉出来ないようにして、とか、まあ簡単でも無いのだろうなと1回で諦めた。


9月に入っても暇なのは悪くもないけれど、街中に住んでいるので学校でも始まって学生がウロウロすると昼飯でも食いに行った時に噂話を立てられて困る。何をしている人か、朝電車に乗るだけで怪しまれないものなのだ。どんなに怪しい仕事を避けて暮らしても平日に街をブラブラするとゴロツキ的な扱いなのだ。共産圏なのか、この国は。


共産圏なら仲介屋のオッサンも何か仕事をしろよ、と思うので、というか共産主義というのも善意からの提言から始まっていたとしても結局は富裕層の経済管理の弁明になっているだけのようなものらしい。仲介屋も仕事しろ!


宝くじに当たって大金を手にしても、ひとり大金を持っているだけでは遊び相手がなかなか見つからないだろうと思う。豪華クルーザーとか乗ると老夫婦の常連ばかりで若い人はつまらないとも聞く。


この国の自由とは。旅人になるしか無いのか。旅人もまた不自由だろうに。