一朝一夕

カラオケでスキマスイッチ全力少年を入れたんですよ。前後の経緯は置いといて。そんでね、

1番:つまずいて転んでたら置いてかれんだ
2番:遊ぶこと忘れてたら老いて枯れんだ

ちかごろiTunesで音楽買うから歌詞カードを見ながら聴く習慣もなくてですね、ああ、こういうニュアンスが入ってたんだなと。でもね、こういうの日本語の面白さとして捉えてる人もいるけれど、話し言葉としての日本語は同音異義語が多すぎて欠点だと捉えている人もいるんですよ。聞いただけでは聞き分けられない言葉を聞き分けれるように音の違う言葉で言い換えて行くって言うのをひとつの仕事だと思って意識しています。


一石二鳥(いっせきにちょう)という言葉がありますけど、一朝一夕(いっちょういっせき)ってね、漢文を知らない昔の人が耳にしてなのか、それとも冗談だったのか知らないですけど、あとから意味をねじ曲げて作られた日本のことわざ、慣用句なんかいっぱいあって、イマドキの小学生は習わないだろうけど、僕らの小学生時代ってとにかくコトワザや慣用句の国語の試験っていっぱいあったんですよ。


そして「三度目の正直」と「二度ある事は三度ある」ってどっちが正しいのかと学校で質問したら、朝日新聞の余録に近ごろの小学生はそういう質問をして親を困らせる、みたいな記事があがって勉強ってくだんねーなと子供ながらに思ってました。歴史についても周りの大人って歴史書なんて読まないでニュース番組や新聞読む人ばっかりなんですよ。大人は必死で今を勉強してるのになんで小学生は藤原鎌足とか覚えにゃならんのよ、騙されてるみたいだって思いましたよ。


コトワザや慣用句って結果論的に場面がハマった時に口に出すとうまく言い得たような心地がして気持ち良いってことも分かります。けどやっぱ結果論的なんですよ。これから生きて行く白紙のページの羅針盤になる言葉って、もっと違う所にある。裕福な人の人生ってたいていは退屈な時間が長いから退屈しのぎに勉強をして誰かの行動に結果論的に成句をあてはめて知識を貯える事で先見の明を持っているように見せてるだけだと思うんですよ。


とにかく身の回りの言葉って使い古されて当たり前になってても元は造語だし、外来語の誤訳みたいなものが多いんですよ。これは将来的に改善されて行くんでしょうけど、言葉尻に絡めとられてしまわないように気をつけて生きて行きたいと思います。学校教育が負債のように感じるんですけど、文盲ってもっと不便ですから、そこは俺の勉強不足もあるんでしょう。


35歳って何を勉強すれば良いんでしょうね。そういいつつ隣の整体屋さんがが店先に黒板で出す日替わりの偉人の言葉を昼飯前に見るのが楽しみだったりもするんですけど。矛盾してるわー。