NWO


プロツアードイツを黒緑に染めたNWOの作者は何を隠そうこの俺です。


NewWorldOrderはとても強いデッキですが、今にしてみると絵柄が悪いね。こんな悪趣味で真剣にカードを繰ってそれでも勝ちたいかと問われると、今ならNoなんだけど、まあ、マジックギャザリングてのは勝ちにこだわるとイヤなヤツになるというマジック。

部屋に合ったカードは段ボール3箱分ほど捨てたのに、また台所からレアカードが満杯に入った缶が見つかったので、今度大阪日本橋のカードショップにでも持って行こうかと思います。今のプレイヤーが古いカードを高値で買おうとするのは勿体ないので。行くとこ行きゃタダのゴミなんですから。


当時のトーナメントシーンを今のマジック力で診断すると、NWOが勝てたのはやはりシーン全体のレベルが低かったんでしょう。マジック自体マイナー趣味だし、トーナメントでもファンデッキのようなもので出てくる人が多かった。インターネットの普及率も低く、最悪な事にインターネットが広まってからどこかで大会があると翌週にはどこぞの優勝デッキがコピーされて会場中同じデッキという現象が起きて、それで興醒めでした。


マジックは色々の戦略を取りうるバランスの良いゲームだと思っていても、優勝デッキのコピーに勝つ新機軸を生み出すのはそうそう簡単ではないです。そこで折れた。カードを集めてパックを開けて少しずつデッキを強くするというようなロープレゲーム的世界観は箱買いやシングル買いで優勝デッキ同士をぶつけあうマジックを見て、知恵がお金に負けるのは残念だというふうに思ったんですよ。


しかし、その発端は俺のNWOにもあって、デッキのカードの相互作用がメカのようになっていて、使い方を少し覚えれば誰が使ってもプロレベルの人を負かしてしまう強さだった。これは優勝を狙う作戦としては甘いはずなんです。真似しようとしても何故か上手く行かない、カードに載っている情報から読み取れないテクニックを必要とするデッキが隆盛の時にプロプレイヤー達は上位に立ちます。


その点で、レベルアップバントは上手く出来たかなと。ジャンドはデッキ的に優勝デッキになっていても一人勝ちを目指す作戦としては失敗なのです。


あれですね、競馬場に行ってスポーツ新聞とか競馬ブックに赤ペンで一生懸命やってる人がいると、投票権にマークする時に覗き込もうとするヤツがいるもんなんですよ。青のカードに「狡猾な願い/Cunning Wish」だとか赤単色デッキ「スライ/Slay」なんかもゲーム世界で「ずるい」と言われてるわけですよ。勝ち方のひとつとしてあるわけです。


その点で制作サイドはゲームの健全性を保とうと一方的すぎるカードを禁止カードとしたり、ゲーム中のマナーや反則行為を色々と考えているようですが、ギャンブルの親というのが実は根本的に悪なので、そこをそれと気付かせないで、社会的必要悪としてのゲーム会場で参加者にはマナーを守らせると言うダブルスタンダードが起きているんですよね。そのくらいまで煮詰まって来るとプロツアーより地方コミュニティで遊ぶほうがいいのかなと。


地方の小さいコミュだと、単にクリーチャーの殴り合いで、手札破壊とか土地破壊とか「邪魔しい(じゃましい/関西弁)」としてノケモンにするわけですよ。買っても負けてもつまんないし。また、プロツアーからの溢れモノのオッサンの集いはブースタードラフトして遊ぶわけですよ(そういうギャンブル的な遊び方がある)


根本的にトーナメントマジックで「邪魔しい」が強いシーンでも、マジックギャザリングってテーブルに怪物のカードを並べて殴り合うのが絵的に面白そうだからハマるゲームだと俺は思うんですよ。優勝賞金やプレイヤーレートに着眼してトーナメントに夢を見るってのは、ゲームが好きというより目立ちたい願望を映し出してるわけです。


だからして、ウィザーズオブコーストはカード作りに専念してDCI(トーナメントの開催者)は別会社にしてゴミ拾いみたいな仕事をさせていると。


大事なことだからもう一度。マジックギャザリングってテーブルに怪物のカードを並べて殴り合うのが絵的に面白そうだからハマるゲームだと俺は思うんですよ。黒田正城がプロツアーを優勝してヒーローになったのも、そういう原点を忘れていないから幸運に恵まれたんじゃないかと、感情的なまとめですが、今日はこのへんで。

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