赤を使えば勝てる


写真に凝りだすと文章を読まなくなる。日々つれづれに書いても後から滅多に読み返さないし、アクセスが多いわけでもない。しかし、人間の文明が発達したのは他でもなく文字の発明にあるという説がある。ごく一般的に動植物は遺伝子という生体の成長を記録した細胞を次の世代に残す事を目的としているが、滅んだはずの文明から後世の人が天文を学んだりするのは文字の発明があったからだというのが主旨になる。(もちろん、それを知ったのは本を読んでの事だから活字メディアが文字を持ち上げているのは差分として意識しつつ、今は映像や写真の世紀であることも心に留めておく)


序文が大層になったが今日はマジックギャザリングの話。マジックギャザリングにはテーマとして五色に分けられた魔法世界がある。白黒青赤緑の五色はそれぞれ秩序、支配、知恵、混沌、生命を表している。ゲームを遊ばない人からすると神や天使が登場する白のカードが「当たり」で悪魔の居る黒は「ハズレ」それでも悪魔はまだ良いほうで青赤緑は雑魚だと思い込んでいる。これはトーナメントシーンを知らずにゲームに接するとナチュラルセンスと言って良いかもしれない。


それで、白のカードを集めると果たしてゲームに強いのかというと、マジックギャザリングのカードは万を超えるカードの種類があり、組み合わせの妙によって数的に表すのが難しいルールになっている。デッキ60枚、手札7枚、ライフ20点、戦場、墓地、ターン、フェイズといった仮数をカードに記された表記で様々の交換が行われる。子供のメンコに見えても対象年齢は中学生以上のゲームなんです。えっと、白を集めると強いか、でしたね。そんなこと、難しすぎて分からない。


マジックはゲームこそ対戦型の形式を取っていますが、勝ち負けよりもデッキと呼ばれるカードの束を自己表現だとするホビーゲーマーがたくさんいて、市場を支えています。そして、自分のやりたい事をやったら試合に負けても勝負に勝ったと思っている人が多いのです。漫画遊戯王で遊戯君が勝負のために闇遊戯になって、本当に主人公が黒で良いのかと問われると、何とも言えないのです。


さて、あるホビーゲーマーのTさんというのがいまして、あるとき焼き鳥屋でビールを飲みながら、マジックギャザリングの話をしていました。Tさんは「ねえ、君いっつも勝ってるじゃない。どうしたらそんなデッキを考えられるの」と始まって、得々と確率統計の話、ディープマジックと言う翻訳本の話、カードの経済性の話、色の持つ意味、ゲーム外での情報戦などを語りました。これはマニアックすぎるので割愛して、それだけ話した相手のTさんが返してきました「赤ってズルイよね。直接ダメージを与えて相手に勝つなんて小学生でも出来るし、つまんないし」「いや、赤は深いですよ。赤のカードはモンスターも魔法使いも狙えるから、序盤は魔法使いを狙わずモンスターを焼いてライフを守ってマナを貯めて射程圏内に入ってから魔法使いを狙うと言うゲーム中の計算や勘がないと」「俺、赤だったら勝てると思うんだ、やってみたい」「ぜひぜひ、良い経験になると思いますよ」


それから、Tさんが勝ったという話は聞かないけれど、1000人集まるイベントで会場が6割赤に染まると言う事件を耳にした。(ジャンドと言えば分かる人には分かる)マジックギャザリングは複雑なゲームで販売元は「知のスポーツ」として売り出しているけれども、カードを繰って遊ぶと言う点で運やイカサマの要素は拭い去れないし、プロツアーは優勝でなくベスト8入賞くらいで勝ち、デッキはベスト8に勝てる要素があれば構築成功と言われている。会場が赤に染まったという事は簡単な戦略であれ、大会は趣味でなく勝ちを目指して参加する事が流儀と言う潮流になったのだという知らせ。


また焼き鳥屋で俺は話す。「藤田剛志さんとか黒田正城さんとか人気者ですけど、マジックギャザリングで勝つってことはギャンブル運も要りますよ。デッキが同じでプレイ中の考え方も似てきたら、あとは運否天賦じゃないですか。パチンコや競馬で勝った人にどうやって勝ったか尋ねて仲良くしても勝てるってモンでもないでしょう」「じゃあ何故仲良くするの?」「勝つって目標があって、それに向かって研鑽出来るポイントがあることは間違いないですよ。僕の場合はそれがデッキ作りで、そのなかで趣味人としてやっているよりプロプレイヤのほうが話が合う部分があるんです。パトロンだとか計算機だとか道具のように思われてるかもしれないですけどね、居場所があるんです」


Tさん、赤を使ってみてマジックギャザリング面白かったですか?アツくなれましたか?もしそれで勝ちたいって気持ちに火がついたんなら、デッキ作りくらいは相談に乗りますよ。


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