ねぎまという贅沢

親父と焼き鳥の「ねぎま」をいただく。俺「ねぎを串に刺して同じ値段なんだから贅沢だよな」親父「いや、モモのほうが肉ばっかりだから贅沢だろう」(じゃあなんで、ねぎま頼んでんだよ思いつつ)「肉より野菜に高い金払ってるから贅沢だっつってんの」「いや、肉ばっかりの方が贅沢だろう」「そうね、よかったね。じゃあ次はモモ頼もうか」「いやレバーが良い」


ねぎまとモモのどちらか贅沢か。価値観の相違による難しい問題である。原価率か高い方が贅沢か利益率が高い方が贅沢か。そう考えるとアベノミクスで株価が上がったが本当に得しているのか最近分からなくなってきた。ドルを持っているのと円を持っているのと株を持っているのと不動産と。どれもこれも絡み合って上がったり下がったりして、見かけの数字は増えても価値が下がったり、預金じゃ不安だから投資に回しているのに利益確定売りするとそれは預金になるわけで、しないと下がる事もあって、目を離していると相場は変わるし、もうコントロールは半分諦めている。晩飯においしいものを食べる以上の贅沢な使い方ってそうそう思いつかない。


ひもじくもない。退屈でもない。そんなに寂しくもない。株がこの先どうなんのかなーとは心配する。儲かり過ぎちゃって、ちょっと損して返さないとなんか浮ついた感じがして不安なんだ。もうちょっと、ゆっくりコツコツ増えて欲しい。びっくりしちゃってんだよね。でも、これがもっと大きな元手だったらって、そりゃ誰でも思うだろうけど、初期投資出来る額が凡人レベルなので見てて辛いなと。もっと大きいお金でガッポリ稼いでラクに生きてる人もいるんだと、実感を伴って分かってくる。


まあ、それでも「モモ肉」よりも「ねぎま」でアッサリ行きたい、たとえ高くとも、それくらいの贅沢をなんの引け目も無く出来るんだからそれで何も文句はない。

広告を非表示にする