風が吹いても桶屋は儲からない

俺はドラッカーもしドラで引用を読んだだけだが、いまさらドラッカーを一生懸命読んでいる人を見ると、風が吹いたら桶屋が儲かるという落語を真剣になって聞いているような感覚を受ける。風が吹いたら桶屋が儲かると言うのは風が吹いた事がもはや桶屋が儲かった直接の理由ではないという笑い話だ。


男には「ちんちん」が付いている。「ちんちん」からおしっこが出る。それで「男だからおしっこが出る」とするのは短絡的で間違っている。「男からおしっこがでる」なら間違っていないが、人間として何か間違っている。おしっこがでるから「ちんちん」が付いている、つまりそれは男だ。とすると逆説になり、これもやはり間違っている。しかしもう一度言うと男には「ちんちん」が付いているし、「ちんちん」からおしっこが出るのも間違いない。くどいようだが簡単に縮めたりひっくり返すと間違いになる。


ドラッカーの言う通りにすれば儲かった時代と言うのは間違いなくあったのだろうけど、それは経済市場全体が潤っていて、経営そのものが成功しやすかったのが原因で、ドラッカーを忠実に守ったからではないだろう。新装開店のパチンコ屋に知らない人を連れていって「左下にBARが来るようにスロットを打ったら儲かるよ」と教える。新装なので出やすいから本当に儲かると、家の近所のパチンコ屋でBARを狙って大負けする。そういうことと何か近いものを感じるんだ。


ドラッカーの生きた1900年代と2014年は環境が違うので社会学が社会全体が社会学の存在を知らないで実験対象になるという社会学の前提が成り立たない。スーパーの弁当を夜7時になって3割引になってから買う消費者ばかりでスーパーが儲からないというような事情は誰でも分かるだろう。


いやまあ、人が一生懸命読んでいるのだから邪魔する筋合いでもないのだけれど、苦しそうなので「ちんちん」の話で笑ってもらえれば。って、いつから俺はこんな下品な話をするようになってしまったのか。