運のせいには出来ない


マジックギャザリングについて考える前に、俺がそこまでカードゲームに入れ上げているのは何故なのかと言う内向的真因をもっと考えたほうが良い。他のことを忘れて夢中になれるというのがゲームの楽しみなら、それは現実逃避であって立ち向かうべき現実とは何か、ということになる。それがもし退屈と立ち向かっているだけなら、そのままゲームをしたり本を読んだり映画でもテレビでも見ていれば良い。


俺はマジックからもストIIからも離れているが、それに夢中だった時には同じ趣味を持つものからの評価というものがあった。勝っていると憧れられるし、同じ趣味で前置きの無い話で盛り上がれる。しかし、今俺は生家に戻り近所付き合いをせねばならず、ゲームのプロと言ってもそのゲームを見たことすら無い人を相手になんらかの説得力を持たなければ立場が危ぶまれる。


おおよそ部外者の目線からプロをどう評価するかと言うと勝ったか負けたかである。もちろん大きな大会に優勝して賞金を獲得すれば名実共にプロにふさわしいが、プロと言っても負けることはあり、それでどうやって生計を立てているかなど、下世話な関心を持たれることもある。


もうすぐマジックのグランプリ名古屋がある。グランプリのルールはその場で剥いた100枚ほどのカードの束から40枚のデッキを作ってお互いに勝負する。スイスドローと言って勝ち残りトーナメントとは違い勝ったら勝った同士、負けたら負けた同士がまた戦い、最終的に何勝何敗かを競う。全勝優勝もあれば7勝1敗くらいで優勝のこともある。


その場でパックを剥く以上はくじ運もある。対戦相手の当たり運などもある。そして、10年前のマジックなら先から始めていたほうがルールやカードに詳しく、カードのくじ運が多少悪くとも手札の使い方などで巻き返して勝つことも合ったが、マジックの浸透とともにグランプリに出るような人の実力は拮抗しているゆえ決め手が運になってしまう。


そこまで分かると、幸運を掴んで勝ってみせなければならないということは荷が重すぎる。それこそが俺の頭を悩ませる最大の原因だわ。プロなら勝ってみせろと言う外野からのプレッシャーがきついんだよな。そして、それは考えても解決しない問題だ。プロ野球の世界なら空振り三振したら外野からビールで酔った客がスタンドに空き瓶を投げ入れる、そういうのが辛いと言っているのと同じことで、プロとして矜持を保つなら勝負に対しては真摯に臨み、その結果の重きを受け入れなければならない。


今俺は誰も無関心に遊んでいるのではなく、関心を浴びて戦っている。プロとはそういうことだ。例え子供染みた3DSのゲームでも真剣に考えて一手を決めないと許されないのだ。



マジックギャザリングの公式大会の戦績はDCI(デュエリスト コンボケーション インターナショナル)という機関に永久保存される。かつてその戦績は勝敗によって変動するもので、ポイントが高いと大会のシード権などが獲得できたが、今年から計算方法が変わったらしく参照すると俺は410ポイントを持っているらしい。最後に大会に出たのは2010年で全く遊んでいないのに公式サイトに勲章のようなものがたくさん飾られていた。引退してもポイントが残るというのは嬉しいサービスだ。


けれども、地元で俺のマジック界での活躍を知るものは居ない。俺は優勝したいとか有名になりたいと思うが、その結果として地域で受け入れられたいというのが大きい。近所のオモチャ屋「キューピー堂」のおばちゃんにアメリカの大会で優勝したことを家族より先に報告したのに、俺はただのホラ吹きの扱いを受けただけだった。どうしようもない。


この410ポイントと言うのは今の水準で高いか低いか知らないが、最後に出たイベントのポイントは5ポイントらしい。100回も参加していないので高い順位には正比例でなく級数的に高いポイントが付いているのだろう。しかし繰り返しになるが地元では誰も知らないし、通ってカードをたくさん買ったオモチャ屋ではホラ吹きの扱いなのである。