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俺は啓発が嫌いだ

テレビで家庭教師の育成塾や子供の伸ばし方みたいのをやってて、俺はどちらかというと褒められると伸びるタイプなんだけど、「この子は褒めると伸びる」とか「この子は叱ると反発して頑張る」とか紋切り型に決めちゃって、しかも人の行動意欲を逆手に取って動かそうって考えが傲慢で嫌いなんだよね。


良い歳してギターなんてやってると(32歳ではじめて現在36歳)やっぱり横から「上手い」とか「下手だ」って言ってくる人はいて、たいてい感想を述べているというよりは、俺はまあ下手なほうなんだけど年寄りの世話で「この人は褒めたら伸びるから褒める」とか「この人は貶されると反対に頑張るから貶す」なんだよね。田舎町では若いほうだから、もっと練習して有名になってくれたら町おこしにとか思ってるかも知れない。


そういうのには褒められても貶されても何か言うとキッパリその日は練習しないことにしている。なんか使われてるみたいでイヤだから。ギターは自分の趣味で好きだから始めたのであって誰かの疾しい期待に沿う事は無い。


たとえば「ストロークの時にもっと留め具に近いところで手首を振ったほうが良い」とか上手い人が教えてくれると素直に受け入れられるんだけど、ドシロウトが「伸ばしてやろう」みたいに上手いとか下手だとか言うと壁かテーブルぶん殴るほど腹が立つんだよね。「何が分かるんだ」って思ってしまう。


まあ、そういう内心には人を感服させる技量とか感動させる熱量とか、あんまりない自分に対する失望みたいのはあるかもしれんね。はい、ブログ書いてないでソロの練習でもします。


ちょっと、一悶着(ひともんちゃく)あってギターはさておき俺がギターを始める前にパソコンで作った音楽はそれなりに評価されているらしいです。音楽は人に喜んでもらってナンボなので、ギターなんか弾くよりDTMずっとやったほうが、そういう意味では良いのかも知らん。


しかし、音楽には奏者が必要なんですよ。コンピューターで鳴っているとしてもパントマイムで演奏の振りをする人がいたほうが受ける。そういう意味でパソコン作曲なんてのはどんだけ作っても自分が奏者として上達するはずも無く、自分が透明人間みたいに思えてくる。それで良い人もいるかもしらんが、自分で作曲しているという事の説得力みたいなものを持っていないと、自分がこの曲を作りましたって言っても信じてもらえない事もあるし辛かった。曲が受けるほどその作曲者の現実の扱いとのギャップは大きくなる。


だから、俺はサカナクションの「僕と花」でパントマイムをやってみたら、ウケた。ウケたけど、あれは他人の作曲だしマイナスの意見も色々と届いた。目立つのは目立ったが悪目立ちに思えた。


それでさらに自分でギターが弾けたらそういう悩みは無くなるだろうと練習は続けている。ギターから出る音というのはたかだか知れていて、パソコンでミキシングをすると独りで5人バンドくらいの音楽を30分くらいで作れたりする。でも、それはパソコンのソフトのチカラであって自分のモノではない。


そのへんかな。


YouTubeの管理者画面には動画の再生回数以外に動画が何分くらい試聴されたかという統計も取られていて、クリックされているけどすぐに消されている映像がどれかとか分かるのよね。これはテレビ局に勝る強みじゃないかって。そうすると5分の曲でも平均すると1分くらいしか聴かれていないとか、分かってくると、それに対するやる気もその程度になって、何故日本のテレビは15秒交代で色々の商品のコマーシャルが流れるかみたいのはYouTubeの統計以前にテレビ局の人間は握ってるのかなと考えたりもする。


そうして音楽を奏者とセットで聴かずBGMとして1分しか興味を持っていないとすると、DTMはその程度の加減でしかやらないし、ギターはやってみて面白かったから聴き手の事はあまり気にせず自分の趣味として続けてこれた。


ついでに若い人ほど音楽番組が好きで、それはスター歌手に自分が投影出来る未来があるからで、年寄りはスター歌手の出てくる音楽番組は興味が無く、しかし気が若いと今の若者に何を聴いていると言うとウケるのかというメジャーシーンには興味があって、その歌詞世界には興味があっても、ヒットチャートの中に若い人が聴いている前提の若い歌手と本当に若者が聴いている歌手には違いがあって、俺はスパイシーチョコレート聴くと腹が立つのは年寄りがラップ聴いて腹を立てているのとたぶん同じで、世界の終わりとかも分かんないから感性としてはもう音楽のメジャーシーンには居ないだろうし、有名な音楽家の先生が亡くなる前に「100万人がひとつの音楽を聴く時代は終わり、1万人が100組の音楽をきく時代が来ると予想したけれど、今のシーンは100人が聴く音楽を1万組が演奏する時代に実際になっている」ということで、そうすると俺も充分にシーンに存在意義はあるのかもしらんが、音楽の種類を1万種類も用意出来るのか考えると、同じような音楽をやっているヤツはいっぱいいて、それぞれに奏でてそれぞれ聴かれているという先生に言わせると健全な状態なんだろうなと。


また、パソコン作曲で出来るものと出来ないものがあって、出来るものの中から俺はプログレッシブ・ロックというジャンルをやっているけど、自分で弾けたらもっとビジュアル系ロックのようなメロディアスなギターの音を求めているんよね。歌もそういうの入れたい。作りたい。


でも、既に300万人が聴いたGLAYというのが先にあって、後からやっても「そういう系」にしかならないから、プログレでいいやってのはある。


というわけで、俺の音楽配信サイトにはブログのリンクを貼っているけど、ブログに音楽サイトのリンクを貼ると格闘ゲームの掲示板からやってきて音楽に悪い評価を付けて得心して帰って行く変な人がいっぱいくるので、気になる人はネットから頑張って探すか(たぶんむり)俺に聞くかしてください。はい、この話はこれでおしまい。