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将棋の話をたまには


子供の頃というか小学校5年の時に来た転校生と良く将棋を指したのだけれど、覚えたのはもうちょっと前だったかもしれない。お爺ちゃんとも指してNHKの将棋を一緒に観ていた記憶はある。


将棋を指さない母親からすると名人の棋譜があるわけだから覚えて同じように指せば子供でも名人と同じだと考えていたようだ。だが実際にやってみると、相手が棋譜と違う手を指した時に自分だけ棋譜と同じように指せば勝てると言うものでなく、本を読んで覚えても見当ハズレの指し手にどう対処すれば良いかと言うやさしい本というのは無かった。名人の棋譜や、ある局面での指し手の検討や詰将棋くらいのものしか世の中には無く、覚えて勝てるほど簡単なものではないと小学生なりに考えていたが、母親にそのことを話しても理解出来ないだろうと小学生なりに諦めていた。


今からすると諦めの早い小学生だが、俺は子供の頃から大半の事は諦めて生きてきたんだと思う。30歳過ぎたあたりでギターを始めたのは、子供の頃に早々に諦めていた何かのタガがいきなり外れた時があったからだ。これは余談。


だから俺はコンピュータの将棋で将棋を覚えた。ファミコン森田将棋には棋譜の記録や巻き戻しや繰り返し再生に詰将棋を解く機能もあり、誰と指すよりファミコンのほうが強かった。そしてコンピュータのプログラマーになって将棋の名人をコンピュータで倒すのが子供の頃からの夢のひとつだった。これは全て自力本願とは言えないが、半分くらいは叶った。電王戦でコンピュータが将棋のプロに勝ったからだ。


人生の目標が36歳で叶ってしまうと残りの人生何をしようかと悩むものである。今は第二モラトリアム期間だ。仕方が無いからブログだけは毎日書いてテレビを見ている。


だめだ。将棋の話だけで間が持つほど俺に将棋の話の引き出しは無い。子供の頃に風邪をひいたら町医者の待合室でよく将棋の本を読んだ。古い本だから俺は攻め手が古いと批判を受ける事があって、実際そうなのだろう。俺は将棋は四級で諦めたのだ。もうつまらないと思ってしまった。いつか見たような局面の再生から微細な差が勝負に出る。しかし、序盤を格好良く定跡どおりに組んで駒の取り合いをすれば充分満足でコンピュータで解決する終盤を自分の脳みそでやり込む気になれなかった。


母親は別居しているが、まだ生きていて暇そうなので、母親が今から将棋を覚えてくれるなら一緒にやってもいいなと今考えた。母親は時々俺に「何で覚えないのよ。名人のを覚えて同じようにすればいいの」と叱ることが有って、それがひどく不快だった。理解が無いと思った。


俺の将棋に対する熱はもはやその程度だ。お母さんに分かって欲しかった。