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コンピュータ麻雀のアルゴリズム

麻雀


コンピュータ麻雀というと近年ならゲーム理論の研究でコンピュータがフェアに配牌から手を考える様子を想像する人もいるかもしれませんが、手牌の情報は非公開情報なのでゲーセンの脱衣麻雀(麻雀に勝つとアニメの女の子が服を脱いでゆくエッチなゲーム)が一般的で、それらはコンピュータと人間の差を埋めるため配牌それ自体がインチキであるイメージを持つ人もいると思います。画像は「ファミリーマージャンII上海への道」というファミコンソフトで最後のほうに出てくる「やみのりゅう」というキャラに手役を作られたスクリーンショットです。絶対イカサマだろと思いました。やみのりゅうは最後のほうのキャラなのですが俺はこのゲームのストーリーモードをクリアした事が有りません。


「コンピュータ麻雀のアルゴリズム」というと、ズバリそのままのタイトルの本が「まうじゃん」作者の石畑恭平さんの著書としてあるようですが2000円はポチクリできません。でも読んでみたい本のひとつです。書評を見る限り著者は将棋電王戦のはじまる5年前にして将棋コンピュータの選手権があるなら麻雀にもコンピュータ同士の対局の選手権のようなものが有っても良いと考えているようです。俺も昨日からそう考えています。


そうすると配牌はフェアでなくては行けませんが、フェアな配牌とはどういうものでしょう。俺は麻雀を覚えたての頃に手積み麻雀を友達と遊んで国士無双を上がるために老頭牌と字牌を積み込みしたものですが、雀荘でも遊び友達のマサキさんが全自動卓に積み込みを狙って四暗刻を上がりました。しかしサイコロ運が悪く積み込みが俺に回って来て俺も次の順に三暗刻を上がりました。「四暗刻と対々くらいしか役知らないのかよ!」と突っ込みながら遊んでいましたが、それくらいでも麻雀は楽しめるゲームです。


コンピュータ同士で麻雀をして競うならクライアントサーバーシステムでフェアなサーバーが必要でしょう。しかしフェアな配牌というのも定義が難しいものです。ランダムに混ぜても極端な話どこかのクライアントに天和を配ってしまう可能性だってあるわけです。つまり数局対戦させただけではそのアルゴリズムが強いのか運がよかったのかの客観的判断基準が取れない所がコンピュータ麻雀選手権をやるとして難しい所でしょう。


しかし、麻雀はそういうゲームです。運も実力のうちです。だから半荘何回と規定を決めて色々のプログラムを対局させて、運に恵まれたプログラムとその作者が勝利の栄光に讃えられるという結果になりそうです。終わってみても「何が凄かったの!?」という感想で終わりそうと言う。


コンピュータ麻雀のアルゴリズム (I・O BOOKS)

コンピュータ麻雀のアルゴリズム (I・O BOOKS)


3DSのSIMPLE麻雀をCOM初心者2人とCOM中級者1人に自分と言う4人で繰り返し遊んで抱いた感想なんですけど、麻雀の役というのは平和や断么という「成立しやすい役は低い得点」で国士無双のような「成立しにくい役は高い得点」というバランスの取れたゲームで初心者ほど高い得点に目を奪われて隙が出来るのに対して安い役でも相手より先に手を作るほうが有利というゲームなんですよ。だからコンピュータで強くても役牌のみの哭き勝ちで28000点で優勝というような麻雀を見ても「役満が決まらないなんてつまらない」という結果になるのかなという予想をしています。


そうすると自分で遊ぶにしても勝ちたいかということを考えると、負けても良いから一度くらい大三元を上がりたいというような気持ちが自分に正直かなと。液晶画面も無い古いパチンコ台で毎日小銭を稼ぐより新台打ちたいじゃないですか(「じゃないですか」と同意を求めても人によるだろうけど)1100円当たりやすいけど1等2万円の宝くじみたいのよりも人は全部外れるけど1等10億円の宝くじに賭けるんですよ。役満上がりたいですよ。イカサマしてでも。


そのへんが将棋などの完全情報ゲームの域に麻雀が達しない原因のひとつかもしれないですね。求めているモノと結果の予想がそもそも一致していないと言うか。