素直になったようで


自分に正直に素直になったと自分で思っているのですが、周りからは「二重に捻くれたんだよ」言われて、確かにそうかもしれないけれど、単に裏の裏を読んでいるという感覚ではなく、本能や直観の示す所と理性を持って考える部分が有って、今までの俺は直観的判断と理性的判断が矛盾して苦しいことが多かった。親や先生の言うことがたくさんの矛盾を含んでいて、素直に言ったら怒られるし捻くれると上手く行かない。たとえば「学校に行ったら先生の言うことをよく聞くんだよ」と教えられ、家で何か有ったら「だって先生が言ったんだもん」「お前は何でも先生、先生だな!先生が死ねと言ったら死ぬのか」みたいなやりとりがあって、先生の言うこと聞くのか聞かないのかどっちなんだよという。他には尊敬する先輩のひとりが「君TMネットワークが好きってあんなの角松敏生とどう違うの?茶髪の長髪で英語で何か言ってから歌ってさ、結局同じじゃん」と言うくせに「アイドルマスター?古いよ今はラブライブだよ」と言っているので、それも結局TMと角松みたいな話じゃねーのかと思ったとき先輩に対する敬意が薄れて、自分も既にTM好きでも無くなったけど先輩の言ってることもおかしいし、自分の思っていることがそれほど否定される必要も無いなって思うようになった。


そういうふうに理性的反対の大半は誰かの優越感や支配欲から出たもので多くの矛盾を含んでおり、直感的行動を取るようになったわけではないが直観と理性の合意を取ってから行動している。だから直感的に行動する人よりは若干判断に遅れがあるとも言える。とろいとか鈍いと言われることもあるが、俺としては慎重になったと思っている。


そして新卒のとき落とされて内心恨んでいた某社の株を購入。22歳の俺が選んだ会社はその歳なりに一生の就職先に選んで間違いない会社だったと振り返りつつも、落とされたことを恨んで経営的に反対の作戦を立てても勝てる見込みは薄く、元々好きだったから他の会社の株で勝っていてもいつも値段が気になっていたし、いっそのこと持ってしまおうと。


それでも新卒のとき取ってくれなかった悔しさみたいなものは今まで恨むことで精神バランスを取っていたので、株を買ってしまった今はその気持ちのやり場を無くして俺をキーボードに向かわせる。文章にするとますます気持ちがスッキリしない。時間が解決してくれるのだろうか。