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だってテキトーじゃん


最近の俺の文言は手厳しいという指摘を受けています、自分でも分かります。その発端が何かと言うと、ゲームセンターでストリートファイターIIの対戦をしてこちらが勝っている時に相手から出た不服に対する反論です。勝っているからそれくらい良いではないかと負けた側の肩をもつ意見があるのは分かりますが、こちらとて勝つために相応の工夫や努力をした時期もあるので、それが認められないことに対する不満のやり場はありません。もちろん、テレビゲームで競うなど一見して無益です。しかし現在の自動車産業の隆盛にはオートレースで色々のメーカーが競って開発に力を入れて来たことを抜いて語ることはできないでしょう。ゲームを突き詰めることで身につけた論理性もあるわけです。


俺は今では色々のキャラを使いこなせるので、誰使いでもありませんが、好みで言うとガイルとケンを良く使います。何故ならコンボが面白いからです。初めて遊んだストIIはキャラセレクトに迷い時間切れで本田になりました。中学生くらいです。今でも覚えているジャスコの中のゲームセンターです。その当時はウケると思ってダルシムを取りました。インド代表のダルシムは口から火を吐きヨガで手足を伸ばし見るからに変わったキャラクターです。手が伸びるためリーチが長いのが強みですが、ひとつひとつの動作は遅くて接近戦に持ち込まれると手も足も出なくなります。中学からの同級生のひとりが「またお前のダルシムと遊びたい」と言うので先月はカプエス2ダルシムを1人用で研究しました。グランツーリスモに乗り換えたのは、そのダルシムを研究する中で俺にとってのストIIは何だったのかとか、何故ストIIだったのか、ストIIで勝つとはどういう意味があるのかなどを見つめ直して考えてやめようと思ったからです。ダルシムはコンボなどの技巧面で他のキャラほどの選択肢はなく、遠い距離で長い手足をいつ出すか、相手の呼吸を読むことに終始徹底するキャラクターです。コンピュータのパターンが簡単だった初代ストIIでは手足を伸ばしてもコンピュータは完璧な返し技を繰り出すために全キャラクター中でいちばんクリアまでのパターンが特殊なキャラクターでした。見た目ではなく中身も変わっていたのです。


よくある文句にジャンプからのコンボばかり練習した人がダルシムに負けて「だってテキトーに手足のばしてるだけじゃん」というのです。自分は必殺技コマンドを体得したのにダルシムはボタンを押すだけです。そしてテキトーとは現代語としての意味はともかく適切の適に当然の当と書きます。適当に出しているから勝っているのです。だから、テキトーをデタラメだという意味で使っているなら国語から間違っていますが、デタラメであるということには反論しようと思います。


決してデタラメではありませんが、数理になるほど確定的な根拠もまた無いので、もう経験論としてしかこれ以上は語ることはできません。でもたとえばしゃがみガードにはしゃがみ中パンチで離してから、離れたら飛ぶ相手には立ち中キックを出す、それでも飛ばないようなら立ち大パンチでさらに離してヨガファイアーを撃つ。なぜなら、そこまで離してから撃たないと飛び込みからコンボを喰らうリスクがあるから。ヨガファイアーを相手が飛び越すなら、その距離に応じて立ち中キックやジャンプ強パンチやしゃがみ強パンチでダメージを与えることが出来ます。ジャンプ強パンチで落とすと画面の後ろのほうに下がるので、確実にダメージは与えるけれど不利になって行くので、ヨガファイアーからジャンプ強パンチという確定的なパターンでは最後まで勝ち切ることは難しく、どこかで立ち中キックやしゃがみ中パンチで画面を押し戻さなくてはいけません。しかし、しゃがみパンチの先端に足払いを当てたり、中キックにしゃがみアッパーを当てることも出来るので、ここはギャンブル性のある駆け引きが生まれます。もし画面端で下がれなくなることが無かったら、ヨガファイヤーとジャンプ強パンチだけでザンギエフなどは詰むかもしれませんが、そうではないので相手にもチャンスが訪れます。結局はダルシムのことを良く知らないまま戦っているので、いいように負けるのです。


ダルシムも極めるとなるとまだまだ先があるかも知れませんが、なかなか評価してもらえないキャラクターなので、最近はやるとするとケンかガイルに決めていますが、実際にはグランツーリスモに入れ替えて格闘ゲームは無期限休業に入りました。ストIIは面白いゲームのひとつだとは思いますが、それに人生を賭けるほどの価値は無いだろうなと思っています。