和田秀樹のポジショントーク


東京大学に憧れていて受からなかったから東大の教授の本を買って読んでみたら他愛の無い内容で読んでもつまらなく東大の学生もまた授業はほどほどに自分で本を読んで勉強している。それを受けた東大医学部の和田秀樹先生は「東京大学は日本の最高学府であり、授業ではなく受験に勝った優秀な学生が集まっていることにこそ価値がある。東大の授業は日本一ではなくとも受験問題は日本一だ」という論理を展開されているのですが、これ良く考えたら東大医学部というポジションを権威あるものとして守るための必死のポジショントークですよね。授業は偉くなくても難しい入試通ったんだから偉いだろうという。


でも、もしそうなら高校生の大半はもっと受験勉強に熱心だと思うんですよ。入試問題に向けての勉強が有用で実用的なら教諭が鞭をふるわなくても学生も自主的にやったりするもんじゃないんですかね?「これ覚えて何になるんだろう?」と思うような難解な問題ばかりで覚えるのが関の山で理解出来ないから興味を失うわけだし、東京大学卒のシンクタンクを抱える日本政府も日本の将来と言う意味では暗雲立ちこめる状況にしか持って来れていないわけで、やっぱり役に立たなかったんじゃないのかと思います。


東京大学を認めないと言うわけでは無いですけど、そこに集う人がどう優秀かと言うことについて「難しい受験を乗り越えた人の集団だから」という答えは正論ながら救いが無いように思いますね。付け加えてアメリカの大学は入試は簡単だが入っても卒業が難しいから日本の大学もそれに習うべしという国際的な見解を述べる人がいるんですが、これに対しては日本は大学受験の段階で高校生に高校は入れても国立大には入れないと言う学生に対して4年早い段階での篩(ふるい)がかけられているので問題無しということが総括として言えるんでしょうね。


そのへんが、俺が中学や高校の教科書で勉強する理由になっているんですよね。背伸びして難しいことに取り組むよりも基礎としての受験勉強をやりなおしたほうが東大生に近づけるのではないかと言う。受験勉強と世の中で役に立つ勉強とはギャップがあると言う人もいると思いますが、世の中で得られる知識ならば普通は勉強しなくても経験則で学んで行けるもんですよ。そこは賢者は歴史から学ぶという言葉を信じて普通では触れる機会の無いような受験勉強をやってこそ得られるものがあるんだと信じることにします。


今は地理やってるんですけど、国際的な統計データって普通に生活してたら絶対に知り得ない情報だけど中学の教科書に載ってるんですよ。何の役に立つのか問うのではなく、どう役立てるのか考えるほうが良いと思います。役には立たないかも知れませんけどね。重力なんて知らなくてもリンゴが木から落ちるのは当たり前ですから。