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要領が良いとはどういう意味か

「モンハン1000時間ていつやるんだ?」「そんなことも出来ないの?子供でもみんなやってるじゃない。要領が悪いのよ」「それは要領という言葉の意味を間違えている。俺はMH4シャガルマガラという最後のモンスターまで40時間で倒したんだ」「どういう意味よ?」「要領の要はカナメといって大事な部分と言うことだ。そして領とは占領、領地など自分のものにしているという事を指す。大事な部分を良く押さえているというのが要領が良いと言う意味だ。だからボスモンスターを倒すのにかかった時間が短いほうが要領が良い」これは言葉にしなかったがゲーム機に電源アダプターを繋いだまま敵の襲って来ない村でゲーム機の電源を入れたまま放っておくと42日で1000時間を超える。しかしこれを1000時間遊んだとは言わないだろうから、せめてハンターランクなどを目安に1000時間やったならそれでランクがいくつになったか計るべきだ。その論点で行くとセーブデータの改造がハンターランクを基準にすると最も要領が良いと言うことになってしまう。


また別の人と同じ話題で話す「ゲームと言うのは無駄な時間を楽しむためのものだよ。最後まで終わらせたら良いと言う尺度で見るから楽しめないんじゃないのか?」「それは言えているな。目的意識が無いとやる気が起きないと言うのは仕事のノルマに毒されている」「そうだろ?」「でもそれは要領という言葉では表せないパラメータかもしれんな」「なんで要領が出てくる?」「そう言われたんだ」


同じ体験をより短い時間で済ませようとすると必ず分解能が下がる。いくら人間の操作や機械のスペックに差が有ると言っても40時間で1000時間と同じ結果が得られたとして、辿り着いた先は同じでも道のりが全然違うわけだから、やはり同じ体験をしたとは言えないわけだ。俺はモンハン1000時間なんて怖くて出来ない。それをやっている間に仕事や勉強をしている人間とどれほど差が付くのだろうかと想像してしまうからだ。俺の勤め先にはモンハンをする人はいないし、モンハンで飯が喰えるとも思えない。


しかし、モンハンを制作したカプコン社は俺の勤め先よりよほど大企業だ。だがそれはモンハンを社員全員で遊んだからではなく、退屈な人からその時間を大量にもぎ取る怪物のゲームを作ったからであって、俺自身ゲーム会社を志望していた頃は今の何倍も勉強していた。そしてゲーム会社の仕事がゲームを遊ぶのとは桁違いに難しくて忙しいと知り、田舎の小さい会社でコツコツ働きながら小遣いを貯めて趣味でゲームを遊ぶほうが良いという結論に辿り着いた。


俺にはゲーム会社の中途採用までの経験があるが、結果として最初から小さな会社で働いていた人で入社キャリアが違う。だから努力すれば夢が叶うなんてあまり思っていなくて、こじんまりとした楽しみが有る現在の生活に不満を抱かない才能が有ればそこそこ幸福だと分かる。しかし、その幸福の最中にいながら日々に不満を抱く人がいるのは、やはり辿った道筋が違うからだろう。


日本の高度経済成長は西洋を手本として西洋化こそ要とした結果であり、日本文化が見直されている21世紀には要と不要の境目は曖昧になってきているように感じられるんだ。あるいは間違った考え方かもしれないんだが。