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キングオブ男

テレビを見ていると関ジャニの「キングオブ男」という歌が流れてですね、聞いてると俺はストリートファイターでやり残した事ねえかなと考えました。


まあ、何と言うかゲーセンで御山の大将をしてですね、全国大会では2回戦で負けてアメリカ遠征では団体戦日本チームとして結果は残せたかもだけど、ウメハラほどには成らなかったね。


ジャニーズと秦基博と見比べるとやっぱジャニーズ格好良いわけで、ギターの弾き語りのユーチューバーもやってましたけど、ステージでやったわけでもない。どっかで諦めちゃってるんだよね。


だからといって卑屈になることはないよって言ってくれる人もいる。諦めるってのも賢い選択のひとつではあるからね。


テレビゲームでチャンピオンになってテレビに映った時、テレビに映ってるレバーをガチャガチャやってる俺の後ろ姿って格好良くないよなと思ったんですよ。それならギターを持って歌っている姿のほうが格好良いかなと考えた。そうしてテレビを見ていると芸能人の歌い方はもちろん視線の配り方とか息継ぎの仕方やマイクの持ち方身振り手振り全部、ああ、俺にはこういう要素無いなって。


そうすると、何か格好悪いと思っていたストリートファイターもゲームの勝敗よりも身振りひとつなのかもなって。ウメハラは格好良く映ってるよ。最近キモイけどさ、格好良い時期はあったわけだ。その格好良さを考えたのはカプコンはもちろんそうだろうけど、例えばカプエス2のN豪鬼で大足払いから小竜巻旋風脚で浮かせて短いランから昇竜拳というようなコンボやりだしたの俺なのにビデオに撮って東京のコミケで売ったのがウメハラ達なんだよね。アールとかの取り巻きのせいもあって、ウメを憎んでも首謀者ではなく役者なんだよな。


土屋アンナの「世界一下手な歌手」問題に近いかもしれない。舞台として盛り上がれば原作者はどうでも良いのかとか。マンガ「ハイスコアガール」訴訟問題もゲームを勝手にビデオにして売ったコミケ著作権問題全般を示唆してる。


そうだよな、単純に「大会に出て勝つ!」みたいな負けん気で行くと俺はそういう頑張りで負けたとは思ってないんだよな。撮り方ひとつというか、そういう問題だったよなと。それが口惜しかった。だからだよ、ヒッキーになってみたの。ゲーセンでどんだけ頑張ってもダメだから映像の問題だよなとテレビずっと見てた。ユーチューバーもやった。


でも違うんだ。たぶん自分がウメハラみたいな役者になって八百長で勝っても満たされないものがきっとある。論理的に考えると運で決まるようなゲームでも、俺はやりこんだら強くなると信じて毎日打ち込んでいて、その毎日こそが俺の失ったモノなんだよ。