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かつて望んだ程度にはなっている

俺が子供の頃は学校でゲーセンは行ってはいけないと言われ、ファミコンもやってはいけないだった。俺が会社員になろうと頑張ってた頃の気持ちって、立派な社会人になって「ゲームが趣味です」と言えば世の中が認めてくれると考えていた。


その頃からすると時代が変わってゲームは誰でもするものになった。だから家でゲームをしてても怒られないし、会社の端末でソシャゲーやる奴がいたら内心笑っていても怒らないといけない歳にもなった。堂々と出来ると言っても、生活のことを考えたらゲームばかりもしてられないし、また思う存分やって満足を得たってのもあるし、大人にやめさせられるからムキになる天の邪鬼な精神に張り合いも無くなった。


もう、もう存分遊んだと思っているけれど、例えばプロゲーマーとかになると気分が乗らないでゲームをしたくない時でもきっとゲームの練習をしなくちゃならない。今俺がブログを書いているのもブログすら忘れてゲームに夢中になることが無いからだ。やってもいいし、やらなくてもいいから、時々遊びたい分だけ遊ぶ。つまりは自由なんだ。


その点で言うとストリートファイターって付き合いだから面倒くさくてもういらないって考えてるんだろうな。カルドセプトも一人で遊ぶ方が面白い。モンハンは飽きたし、ポケモン妖怪ウォッチは対象年齢が低すぎて流石にやる気しない。白猫プロジェクトとか触ってみると確かに良く出来てると思ったけど、セーブ出来る所まで進めたら「もういいや」ってなる。


俺はスクリ飲んでるからドーパーミンという脳内物質の供給が抑えられて夢中になれないという副作用がある。純粋にそのせいだけなんだろうか。冷静でアツくないつまらん思考をしている。


整理すると世の中の事情は昔の自分が望んだ以上になっているけれど、望んだ通りにゲーム三昧ってのはやってみると・・・そうだ、俺は一度ネトゲ廃人になったんだ。生活が出来なくなるほどのめり込んでしまう。そしてクスリ漬けになる。クスリでゲームしなくなって人並みの退屈を味わっている。やっぱゲームダメじゃん。かつて大人にいわれたようにネトゲ廃人になりかけてる友人がいたら「どこかで切り上げて止めたほうが良いよ」とか言ってんの。みんなごめん。