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正直であるべきという逸話の落とし所を考えるよ

哲学

俺も小学校の低学年くらいの時は嘘をついて親にバレて親がそのことを檀家参りのお坊さんに話すと「嘘をついたら閻魔様に舌を抜かれるぞ!」と脅されてビビったことがあります。

しかしまあ、いつしか閻魔様は恐れなくなったんですけど、泉に斧を落とす童話があるじゃないですか。泉に斧を落としたら女神様が現れて「あなたが落としたのはこの金の斧ですか?それとも銀の斧ですか?」「いや、フツーの斧です」「あなたは正直です。金の斧も銀の斧もあげましょう」それを盗み見た男が泉に斧をわざと落とし女神様が現れて「あなたが落としたのは金の斧ですか?」「はい」「この嘘つきめ!斧は返してやりません」って話だったと思うのね。

閻魔様の話は恐怖に訴えかけて嘘を制するのに対して金の斧の話は正直でいると得をするという人の下心を突いていますよね。

そして、それもいつしか見破るんですけど、今度は狼少年の話です。狼少年は遊び心で羊の放し飼いをしているところに「オオカミが来るぞ!」とびっくりさせて人が逃げるのを見て喜んでいました。しかし繰り返すうちに誰も少年の話を信じなくなります。そして本当にオオカミが来た時に少年は慌てて「オオカミが来たぞ!」と叫ぶのですが誰も信じないので羊は狼に襲われてしまったという話です。

この話が嘘を制する話としては最も秀逸だと思っているのですが、やはり世の中には嘘をつく人は後を絶ちません。

閻魔様が恐怖で金の斧が利得なら狼少年は信用を題材にしているわけで、匿名掲示板での嘘や一期一会の相手への嘘なら問題がないようにも思えます。

反対に繰り返し顔を合わせる人間の嘘には嫌気がさしていて、最近は人と話をすることが減りました。みんな嘘ばっかりついているんだなと思うと、人に何かを尋ねたり話をしたりするよりはひとりでテレビを見たり本を読んだりゲームでもする方が俺にとっては楽しいから。

俺が嘘つきではないかというと、話を盛るのが好きだったこともあるんですけど、最近別に盛らなくても普通に人に自慢できる事が増えてきて、巷で自慢話をしているやつに「へへん」って感じで自分の自慢話をするんですよ。そうすると相手がヤキモチ焼いてこちらの欠点をあげつらったり、自慢話を盛ったり、本当のことを言っているのに嘘だと決めつけたり、とかく人間関係の優越感ゲームは面倒なんですよね。

そうなると嘘を言ってはいけないのではなく、本当の自慢でも隠しておかなきゃいけないものかなって思ったりもするんです。特に男同士だとケンカに勝ったもん勝ちだと思ってたんですけど、円満にやるにはプライドの高い人に気を使って誰かが女房役を取ってやらないといけないんじゃないかなって。

正直にやってんのに上手くいかない時、どうしたものか分からないんですよ。