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震災6年目でドキュメンタリー番組が流れてて

テレビに洗脳されるのは嫌だけど、家族がテレビ見て素直に悲しんでて。

俺は何を思えばいいんだろう、と。

週刊誌のある住職の方の記事を読んだ。お葬式は死者のためにするのではなく、子供の世代に死を通じて人生の意味を共有するという役割があると考えているんだとか。

悲惨なニュースもまた何気ない暮らしの何気なさが有難いものだと改めて思わせるものかもな。

よく自殺を止める文句に「生きていたらまた良いことあるから」ってのがあるが、それは生きていて良いことがあった人の意見であって、母方の農家の爺さんがなくなる前にコタツでテレビを見ながら「何にもない人生だったな」とこぼしたことを今でも覚えている。俺は孫なわけだけど、近頃は子や孫がいるだけで嬉しいって価値観が当たり前になってる中で、爺さんの場合は長男と嫁の間には子供がなく農家の後継ぎはいなくて、もう死ぬるって際になって親戚一同寄ってきて孫の顔を見て、そこで一緒に話して「何もなかった」という言葉が出たのってどんなだろう。

俺はまだ39歳だけど、例えば今日の晩死ぬと言われても多分いつも通りに1日生きて死ぬと思う。小さな出来事が多いけど、色々あって今まで生きてて良かったと時々思う。どちらかというと叶えたい夢とか先々の楽しみって今を苦しめるから考えない。

それでも、ギターの練習だけはちょっとやってる。また良いことあるかも知れないし。