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言葉は通信の基本だと考えてみたんよね

俺はいったいどうして毎日ブログに言葉を綴っているのか、ふと忘れた。

なんか訴えたいことがあって、でも家族や友人に分かってくれる人がいなくて、とにかく世界につながっているインターネットってやつに言葉を乗っければどこかに届くんだぜ!って始めた頃は思っていたような。あの頃から比べたら直接話す人間との関係は随分良くなった。

だから最近は自分の思考の整理として文字にしてみるってことが多いんだけど、映像や音楽を作れるコンピュータで何故に文字って考えちゃった。やっぱ俺の思考は文字中心なんだろうか。それはまだ考え中だけど、言葉にすると他人に伝わるよな。言葉って自分で物を考えるためのものじゃなくて、人に物を伝えるためのものってのが基本じゃないのかなって。

自分の悩みが人から言われた言葉だったときは、やっぱそれを考え抜くと悩みはやがて晴れる。何年、十何年引っかかってた何気ないヒトコトが自分の行動の根幹になってたりして、それを論破することで「あれ?俺実はそんなこと頑張らなくていいんじゃね?」って気持ちがふっと軽くなったんだけど、考えすぎて頭痛になるくらい考えた。

悩んで答えが見つからない時は考え方の起点を疑ってみることなんだろうな。対戦ゲームって「もし極まったらどうなる?」が「極めるって何をどうした状態なのか」に置き換えると世界が全然違って見えてきたりして。突き詰めているつもりが袋小路に入っているだけだったとでも言うか。同じようで、ちょっと違う。そのちょっとが大きなうねりの中でとてつもない差を生むキッカケになるのか、ならないか。そんなとこ。

今日はそれを家族や友人ではない誰かに伝えたかった。