今日のFF7はウォールマーケットまで

6番街スラムで30分以上迷った。家のお化けみたいなモンスター、あれ雑魚じゃなくてボスだろ。店もセーブポイントも近いので迷って困るところでもないが、シナリオが面白いところでエンカウント&迷路はムキーってなる。攻略Wikiに手を出してしまった。無かったら3日くらい迷える自信があるわ。3D表示と十字キーの組み合わせのタチの悪さよ。

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シナリオが面白いところで迷って嫌になるというのは、ちゃんとシナリオに引き込まれている証拠でもあるので悪いことではない。反対にXBOX360ドラゴンズドグマを夢中で遊んでいてヒドラの首を王様に献上しに行ったところで王都の人の多さに「この人混みのみなさんと話しないと先に進めないのか」となって放置したのを思い出した。モンハンでも緊急クエスト終わってセリフのポップアップが全部のキャラの頭に出ていたりすると「またいつか暇のある時に」となってしまう。バトルしたい時にバトルできて話を読みたい時に話が読めるゲームは良いのだけど、FFはな。話とバトルが交錯していつなんどきシーケンスが切り替わっているのか分からなくして夢中にさせるバランスだから。

そして隙がないと言いつつテレビは見てブログは書いてついでにスーファミ版のストIIターボをガイルでクリアしたりしている。

ストIIXを今でも遊んでいる人とそれ以降のゲームで遊んでいる人をカテゴライズして見てしまう傾向があるんだけど、別にそれがサムライスピリッツ初代とか斬九郎とかヴァンパイアハンターとかでも「それだけ」って人と「セイヴァーもやるし、ストIII3rdもやる」というマルチな人がいて、マルチであればあるほど交際が広く、交際が広いとひとつのゲームに特化した人からそのゲームの最近の情報を仕入れてまずます詳しくなる。でも、ストIIXとそれ以外に分けて考えるのはストII、ダッシュ、ターボ、スーパー、エックスの違いや反対に変わっていない部分の攻略情報は最新情報ではなくレガシー情報なので、マジックザギャザリングの古いカードで強いカードは新しく始める人が誰かから譲ってもらうかショップで法外な値段を払うしか無くて、それと似ている気がする。ストIIやっていた人はみな大枚はたいてゲーセンで対戦して毎月のゲーメストをくまなく読んでいた。

だから、ゲームが出てからオルアバのような総合攻略本が出た時代ではなく、月刊誌で「今月は飛び越し投げとくぐって投げで投げ合うとジャンプから着地するほうが100%勝つ」というような情報を蓄積した結果「相手をくぐったら投げでは投げ負けるので空中にいる間に中パンチで落としておく」という共通見解に至っていて、新参者にそれをわざわざ教える人がいないし、それでも人気があって対戦人口があるので問題なく昔からやっている人が強いまま業界が回っている。ゲーメストのバックナンバーを揃えるよりかは新しいゲーム買うよな。

やっぱストIIシリーズとそれ以降の格闘ゲームの間の溝は深い。日本でもそうだから日本じゃ中堅プレイヤーの俺が北米なら勝てたのもやはり情報量の差。

突き詰めた者同士だと反対につまらなく感じる。知っているものが知らないものに勝つ。これこそが必定。そして知られると負けるのも必定。対戦して連勝して負ける時は「チキショー!気付きやがったか!」なのだ。本で予習してきたものに連コインコンティニューで挑んで対戦中に負けて考えて答えに気づく。その繰り返しだったな。

ドラクエやFFの新作にWikiがあると便利なようにストIIXにも新規プレイヤーが勝つためにはWikiのような情報のデータベースが必要なんじゃないか。それは昔から続けている勝ち組が作ってくれるものでは無いだろう。そうすると、繰り返しになるがやはり今からストIIXを掘り下げるよりは新しいゲームを買うだろう。

それなのに任天堂switchで出る新しいストリートファイターストIIの系譜に続くウルトラストIIだという現実。

俺が何故今更にプレステのFFVIIをやっているかもそういう話に通じる感覚だよな。売れていて人気があってそれを起点に語るものは新参者にわざわざ教えてやらずとも充分な人数の輪がある。そこに入っていくには自分で掘り下げる必要がある。