冷凍食品を食べながら産業革命を振り返る

 イギリスで起こった産業革命は職人作業やマニファクチュアと比べて製品の製造コストを大幅に下げたんですよね。んで莫大な利益を生んだのです。

しかし現代は製造コストが下がった分、利益を増やすのではなく価格を下げて一般市民の生活コストを下げるという傾向がありますよね。

つまり食事をする時に原材料が同じでもレストランで料理してもらうと800円で漫画喫茶でチンしてもらうと500円で自分の家でスーパーの半額冷凍食品をチンすると200円で、それらは大体腹に入ってしまうと同じようなものなんですよ。

もちろん、手作りのほうが美味しいとか、形だけでも皿に盛って漫画読みながら食えるとか、洗い物が面倒とか、外で食べることのメリットもあるけど、レストランと冷凍食品で同じものが800円と200円なら差額にして600円。比率にして4倍の差があるわけです。

よく、お金持ちにお金を儲けるコツを聞くと儲け方ではなく節約の仕方を教えられてしまうというケースがあると思います。でも、そういうことなんですよ。裏を返すと冷凍食品は200円でもスーパーと物流と工場では人が働いていて、お給料は払われてそれで生活している人がいるんです。

そして、カップヌードル日清食品中途採用の募集要項を読んだりすると「カップ麺のカップを作る材料を分子レベルで研究して実績のある人」とか「製麺機械の設計経験者」とかが上場企業の平均賃金である年齢掛ける万円くらいで募集されているんですよ。

つまり、カップ麺を食べるということは陶芸家よりよっぽどハイレベルな人にカップを作ってもらって、並大抵の職人さんでは敵わない機械技師に麺をこねて細めてゆでてもらっているのと同じようなことなんですよ。それもめちゃめちゃ安く。

そういうふうに社会を知るとカップラーメンの価格が10円違えば日清食品やスーパーの売上で考えるとものすごい差額となることが理解できるし、自分も1円でも安く買うことが上手なお金の使い方であって、そういう風に倹約していけば生活コストが下がって時間給労働であっても拘束時間を減らすことにつながって、そうすると自由時間を余分に働いてお金を貯める方向に行くか自分の好きなことを持っているお金と時間の範囲で消費するかという選択肢が生まれてくる。

もちろん、目一杯働いて節約もして、それでも立ち行かないならお金持ちに秘訣を聞くより政治家に世の中を良くして欲しいと頼むほうが筋ですが、大体のお金がほしいって人は身の丈を超えた贅沢をしながらも、自分より質素に生きている人をお金持ちだと羨んでいるという構図にハマっているんですよ。

そして働き方として雇われると稼ぎの一部をピンハネされて少ない給料しかもらえないから起業すべきという論理が流行ったことがありますが、だからといって工場制手工業のような前近代的な手法で起業しても産業革命以降の工業に太刀打ちするのは難しいんじゃないかな。

もちろん、学校で習う歴史はナショナリズムが刷り込まれたり、史観と事実のすり合わせに甘い部分があったりで、歴史の教科書全部覚えろって子供の頃には億劫だったけど、歴史を知っているとどのように古いやり方が新しいやり方に駆逐されたか分かるはずなのに、どうして産業革命以前から業態の変わっていないレストランで食事するのかと問うてみるのも良いんじゃないですか。レストランの手打ち麺でも製粉までは植民地と産業革命の恩恵でコストダウンしているから平民でも食べられる値段になっているんじゃないのかな。

と、20年前の自分にも教えてあげたい。誰に届くんだろうな。この言葉は。

もっというとお金を持つには「これ」というひとつの理由、たとえば給料高いとかビジネスで儲けたというひとつの入口でメチャメチャ儲かってて湯水のようにお金使っても大丈夫ってごくごく一部の金持ちより、なんだかんだお金になることを色々やって、使う時もひとつひとつ使い方を吟味してってレベルになれば、手段としてのお金だけに拘る必要は減るんじゃないかな。

言うなればドラクエで「はやぶさの剣を買うにはどうしたら良いですか」ってサマルトリアの王子を仲間にする前の勇者に聞かれても、まずスライム倒してきなさいよとしか教えられない。そんなもんじゃないんでしょうかね。話せば長くなるんですよ。