ゲノムかミームかって二択にするから分からなくなるんだよな

ゲノムミーム論とかセックスジェンダー論って二者択一で議論されるけど、たとえば陶芸職人の子供たちが財産目当てのダメ息子たちで弟子が跡取りになって殺人事件が起こったりとか、大学教授の子供がりゅうちぇるみたいので教え子に内緒にしてたりとかがゲノムミーム論のミーム優勢の材料にされるけど、本当にミーム優勢なら子供がいなくて孤児を引き取ってどうのこうのって最近ドラマやってる、そういうテーマになると思うのね。陶芸職人の例も大学教授の例も自分の子供と教え子が両方いて、それを比べているわけだから二者択一の問題ではなく優勢劣勢の問題が本質なんだよね。

ゲノム優勢は生命維持の観点から論理的に明白だと考えてるけど、子供が思うように育たないとか結婚できないで子供がいないという人への気持ちの配慮としてミーム優勢に語って慰めるのが人文の観点からすると正しい。宗教は常に真理の裏を信徒に説く。

まず、大雑把ではあるがA「ゲノムとミームを持つもの」B「ゲノムのみ持つもの」C「ミームのみ持つもの」D「ゲノムもミームも持たないもの」の4者間でAがBCより優勢でBCがDより優勢なのは明らかで、BC間で議論をすると平行線だがDがBCのいずれになるのが簡単かと考えると現代日本社会ではCが多く発展途上国ではBが多い。

つぎに一番最初の話で財産目当ての子供か技を次ぐ弟子かと二者択一に考えるが「技」こそがミームであるという誤解が先にあって、財産はミームとは言えないのだろうか。ややもすると生まれながらの金持ちという考え方からすると金持ちにとって子供の相続はゲノムである。って、それはちょっと暴論か。どのみち有機無機のように出発点が曖昧で議論の結果で雲散霧消する類の定義ではないかな。

地球の人口が増えすぎて分け合える食料や物質やエネルギー資源の最大公約数が減るとゲノムを残すための戦争も起こりうる。戦争反対なら子供を産まずに孤児を引き取るべき。俺は自分の子が持てるなら世界のどっかでミサイルが飛んでも平気。自分や家族がミサイルに当たるのは勘弁。