ヲタがアニメキャラの抱きまくらを嫁というらしいが

なんかねえ、ブログ長いことやってると他所のブログとか商用雑誌とかビジネス本の導入なんかに「あっ、これ俺が書いたものじゃねえの?」と思うこともあるんですけど、振り返ると最初の頃は自分の言葉なんてものが読んだ本から学んだ言葉だから本から勝手にブログにリライトしてたわけで、村上春樹も出版社に投稿された小説を大物作家がリライトする話とか小説の中で語ってたよね。そんなもん。

目に留まるブログや本でパクリが検出されたけど、学生の頃なんて雑誌で読んだことを自分の言葉のように語るなんてのは当たり前でやっても良いことだと思っていたし、ある先輩がカッコイイこと言うなと思ったら別の先輩が元ネタ教えてくれて幻滅したって顔をすると「誰でもすることなんじゃね?」と諭してくれたなぁ。そのレベルで考えるとタダで書くのってなんなんだろうね。だけど口にできない事だから書いてるって部分もあるわけで、それが広まって風説になってやがて世論になる。何度も書いてるけど俺が子供の頃ってゲームは「してはいけないもの」だった。有本が「テレビでゲームのコマーシャルするのって何でだろう。テレビでゲームされたらテレビの視聴率下がるのに」「それはそうだけどテレビの視聴率ってのは結局それにスポンサーが付いて広告収入が入るから大事な数字なのであってゲーム会社がテレビに多額の広告料を払うならテレビも言いなりに広告流すんじゃね?」と返していたけど、どちらかというとそれ以前の「ゲームはしてはいけない」って風説自体がテレビゲームの流行がテレビの視聴率を下げると警戒した当時のテレビ局が作ったものなんだよな。ゲーム好きとしては「してはいけない」とコソコソやるより流行ってる方が良いという考え方もあるし、酒を禁止する禁酒法の時代に酒を飲まない人まで「そんなに酒っておいしいの?」と興味を持った歴史もあるから、どちらかというとゲームをテレビで流行させている今のほうが勘ぐってゲームをそこまで好きと思っていない自分もいるわけで。

それで何だ、そうだリライトだ。話がだいぶ逸れたけど、そういう風に誰が何を狙って元々の話を作ったのかということは何世代も伝聞されると薄れて、口から発した時に聞いた人が知らないと「カッコイイこと言うなあ」と思うのは書き手としては多少いけ好かない所があるけど、その昔に付き合いのあったファッションデザイナーのおばちゃんはメイクが上手いのに自分で自分を飾らずに若い女の子を可愛く写真にするスタッフとして働いていた。もう随分会ってないけど、最近テレビを見て「この子可愛いな」と思った子は乃木坂46橋本奈々未さんの引退前のメイクと髪型に寄せていて、俺の言葉がどこかの知らない人の口から語られているように、橋本奈々未さんのイメージ写真というのも元を正せばどこかのファッションデザイナーとかメイクさんの作ったアートみたいな部分もあるんだろう。

そして表題の「ヲタはアニメキャラの抱きまくらを嫁という」という発想に行き着くわけだ。嫁さんが風呂上がりにスッピンになっていても男として元気になるのかと考えると俺は化粧の好みで女を見る節があるので、ヲタはそのワンランク上の自己満を得ているのだなと思う。