ゲームを上手く遊ぶという意味ではスマホのバーチャルパッド慣れも必要かなと

餓狼伝説スペシャルをギースでクリア。

ギースのカッコ良さはキャラグラとボイスだけでなく餓狼伝説スペシャルのギースステージの背景と音楽にも結びついているもので、カプエス2でギースを使っていると脳内では餓狼伝説スペシャルを想起してカッコイイと思っているけど初めてのゲームがカプエス2の人にとってはギースって何?という感じであろうな。今更だけど。

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そんで、ゲームが上手いとか下手というのを対戦ゲームの勝敗で決めるという自分の決めたルールを疑ってみて、ネオジオでスコアやってみたりしてると自分はまだ下手だなと。他にもっと上手い人を探すのに20代の頃は旅に出たものだけど近頃じゃ動画で見られるじゃん。

そう考えると「スマホのエミュで昔面白かったゲームをタッチパネルのバーチャルパッドで遊ぶと操作性が悪くてゴミだった」という言説もにわかに信じてはいけない。

確かにゲームボーイのコントローラに慣れたせいで脳内と画面や音楽がシンクロして、ゲームを思い通りに操作するアクション的な快感をスマホにすると満たせないってのは分かる、良く分かる。俺だってそうだ。

それでも、操作した結果だけなら動画で良い訳で、機械とのシンクロ率が操作系統の変化によって失われるというのは蒸気機関車のエンジニアが新幹線に乗って石炭を何処に入れたらいいか社内を迷ったみたいな例え話しかできないけど、多分ダメな方向だ。

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そして伝説へ。星ドラでも公式でもないゲームボーイカラードラクエIIIをエミュで。

エミュは色々あるようだが一番人気から試すと、まずROMイメージはフォルダ指定などしなくてもケータイ内部を自動検索してダウンロードフォルダやSDカードからゲームを見つけてくれる。便利。

そして問題のバーチャルパッドだが、インプット認識時にバイブが連動して「押した」という手触りは指にフィードバックされる。これは発明だな。

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ドラクエの王様の言いなりに世界を救うことに不満がないのは俺が子供の頃に寺村輝夫のだめな「王さま」シリーズを読んだことによる王様への愛着と結びついている。

最初はスマホゲームボーイのように両手で持って親指で操作していたが、気づいたら左手でスマホを持って右手の人差指で十字もABも操作している自分が居た。

まあな、親指がキーに触れる感覚と一体となって育ったゲームライフなので39歳まで来てから手触り感のないフラットを撫でる形に馴染むのは難しいかもだが、アクションゲームのマリオでさえも最初は手元のコントローラを見てボタンを押してまた画面を見てを幾度か繰り返して気づけば親より上手くなっていて「これなら大人に勝てる」と思ったことがそもそものゲームに傾倒する理由のひとつ。

ルールのあるスポーツは突き詰めると人体をそのルールに全て合わせてゆく。サッカー選手は手でボールに触れてはいけないが、足で蹴るために体のバランスを取るために手の振り方ひとつでもフォームを研究するように、ゲームをどんな形で遊ぶかによって、プレイヤーも何をどうゲームに合わせるのか。

俺はまだスマホでゲームをすることには馴染めない。指がつるつるの板に触れるだけで動くというのは目を瞑って道を歩くかのような怖さがある。

それでもこの「キーを押したらバイブする」という発明で少し馴染めそうな予感がした。