MTGの話をするのは楽しんで欲しいから

難しい話を持ちかけられると「騙されて損をする」とか「言い負かされる」と考えて防御する人が結構いるんだよね。分かるともっと賢くなると想像する前に「教えられるなんて悔しい」と考えたりもするみたい。

実際に世の中には「麻雀を教えてやろう」と誘ってルールの本を読ませる前に卓に座らせてチョンボ(反則、罰則の意味で点数が引かれる)を取ってカネをせしめる貧しい人というのがいたんだ。すごく古い話でいまどき街中のフリー雀荘でもガラガラだけど。

そんで俺がMTGに誘われたのはゲーセンで出会った遊び仲間のなかでひとりだけバイトをして小遣いを持っていたから、買わせてどうにかして取ろうという動機だったかもしれない。

しかし、彼らが思っていたよりルールの飲み込みが早く、だんだんと「使えない人」になってしまった。

それで、せっかく楽しくなったのに遊び相手が居なくなったので布教に回ったんよね。

それは単純にゲームに没頭していて、カードを買うお金を出し惜しみしない金銭感覚の狂っていた部分があったからだけど、庶民感覚で言うと大会で優勝を狙うなんてそもそも馬鹿げているし、まず遊ぶのに最低限必要なカードセットを買うお金すら「騙し取られている」という感覚だったんだろうな。

たとえば「カタンの開拓」のようなボードセットを買えば4人で遊べるゲームなら結構好まれて、それで俺がひとり勝ちをしたところでお金など賭けていないから、みんな付き合ってくれたんだ。

だけど、MTGはその性質上ゲームをより理解しようとするとまず全体像を把握するためにカードセットを買うだけでひとり月1万以上かかるんだよね。

だから、そういうものを売りつけようとしていると思われてしまったんだよ。

そうじゃなくて、マジックザギャザリングの研究で覚えたマナカーブ、テンポ、カードアドバンテージなどの数理的概念が思いの外面白かった。賢い子なら中学生くらいでも理解しちゃうんだけど、例えば将棋の藤井四段が羽生名人に勝ったからと言って「中学生でも将棋の名人に勝てる」と強弁する人は居ないで「すごい中学生がいる」と考えるだろう。同じように子供でマジックザギャザリングを理解できる子って早熟なんだと考えてる。

ルールと戦略を理解し合って遊ぶゲームは楽しいんだけど、そこに到達できる人って資金面でも時間面でも理解面でも結構限られた人なんだというのが、最近分かってきた。

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ひと箱でこれくらいカードが入っているワケだから、それだけで一生遊べるってくらいの金銭感覚でもってゲームの研究をしないと誰からも相手にされないのかもね。

実際にこのセットが俺が最後に買ったセットで、このセットだけで参加費3000円のトーナメントに出場してみて惨敗して、それまでの蓄積ポイントをドブに捨てて、それから一切買わないしイベントにも参加しないでいるのだが、古い付き合いのオッサン仲間からは「極端過ぎる」と少し不仲になってしまった。

反対にのめり込んでいた頃に「マジックで人生を棒に振るなよ」と止めてくれた人もいて、俺はその忠告を無視してしまったのだが「遊ぶってどういうことか」みたいな大きなテーマもついでに考えて、数ある遊びのひとつという認識まで持っていきたい。賞金大会にはどちらかというと否定的なんだよね。貧乏がカネもためにやるもんじゃない。