今日のカルドセプト(カード眺めてたらモスマンに行き着いた)

寝る前にカルドセプトを起動する。ゲームをするときもあるし、ゲームをしないでブックをいじったり、カードだけ眺めて満足して眠ることもある。こういう時に3DSで遊べるというのは便利だ。

そんでボーンカメレオンを眺めていた。近くにボージェスがある。ST=20/HP=30でボージェス出したらHP=50に支援効果でHP=60だなという小学生並みの足し算で頭を休めていると、素で60出るなら案外行けんじゃねとカードを並べだしてモスマン足したらブックになった。

モスマンから入るのは良くない。すぐにファイアードレイクやコアティとか、もっと危険なガルーダにしたほうが良いんじゃねとやる前からあきらめてしまう。ボージェスとボーンカメレオンから入ってのモスマン。これなら組む価値あるかなと。

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まあ、ちょっと遊ぶだけなのでアバウトにカードを選んだがクレイトスノーマルレベルで圧勝であった。一度遊ぶと使用感からいじりたくなるが、そうなるまでに着想を得る所までなかなか行かない。

ところで最近読書をしていないからアマゾンで森博嗣の新刊をタイトルとレビューだけ読んでいたのだが、抽象的ってどういうことか今一度考えてみた。

モスマンからファイアードレイクとコアティとガルーダを想起するのはST上昇の性質が色違いだけで同じだからであるから、低いレベルではあるが一度抽象的になってから具体的なカード名として連想している。

ところで最近の昼食はもっぱらスパゲティで、子供の頃は米が主食と育てられたがアメリカでは主食が炭水化物のジャガイモの人と肉の人がいると思うんだ。主食は炭水化物という思い込みから日本人が米が主食であるからジャガイモやパン食が基本であろうという類推と、炭水化物が消化されてエネルギーやタンパク質に化学変化するように肉や油でも消化しちゃえばエネルギーとタンパク質になるのを理解した上で主食を考えるのではワケが違う。

料理をする時に栄養バランスを考えて穀類と肉類と野菜のバランスを考えるのは栄養価的に穀類は全てデンプン質とか炭水化物であって、肉類はタンパク質で野菜はビタミンや食物繊維であるという具体的な科学知識があるから食材ごとに栄養価に分析して、栄養価の合計を出してから綜合して料理のメニューを決めているので、これを果たして抽象思考だと読んで良いのかは疑問である。

米とかジャガイモというと具体的だと思うかもしれないが、実物の個としての米やジャガイモを全て手にとって数えたり見たりするのではなく、料理の時は既に同質のものとしての量で持って計っているのだから、米とかジャガイモという考え方そのものが既に抽象的であると考えることは出来ないか。全ての別個のものを本質的に同じとみなして数量で考えているのだから。

タイトルだけでも森博嗣を読んでからブログを書くと、いい感じに森的に仕上がったかもしれない。いやもう10年くらい読んでないから、最近は具体的でバカみたいなことばっか考えてたわ。

ここからもう一度カルドセプトについて考えるのも面白そうだが、ゲームからグラフィックスを排して数値のみの抽象化をしても行き着く答えは必勝か確率くらいで間の手法としては場合の数とかゲーム木くらいのもだ。ゲーム木を考えるくらいならセガサターンのようなゲーム機のほうがよほどワクワクする。

だけど、たまには考えるだけ考えてみるその過程が楽しいこともあるよな。

寝る前にカルドセプトを起動して、カードだけ眺めて眠ることもある。

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スパルトイを追加してブックをいじりだした。シーフ&バイタリティ理論とマッドクラウンを足して、コストに「カードを捨てる」を含むカードが増えたのでモスマンは4枚に。遊びの1枚はゾンビからワーウルフに。

カルドセプトのブックを俺が組むとリフォーム対策や拠点分散で2枚ずつ色々のカードを入れる構成にすることが多いのだが、今回は4枚投入したカードが多く種類が少なくやりたいことがハッキリした割り切った構成となった。

やりたいことは色々あって、ひとつのブックに偶発を期待して全部ぶち込むか、それ専用のブックを組むかは考えどころ。専用はブックいじりが楽しいがすぐ飽きる。プレイングは偶発のほうが面白い。その間で悩むのがまた楽しかったりするんだ。

ブックを公開すると必ず注文が入る。「シーフ&ボージェス&バイタリティと揃うと強いから、もう4枚4枚4枚と3種✕4枚の12枚から入ったほうが良いんじゃね?」と来られると悩む。もともとボーンカメレオンとボージェスから入ったので2枚コンボと領地レベルアップで守れるカメレオンに対して3枚コンボのシーフは444にしちゃうと序盤にバイタリティばっかり引いて打つ相手がいなかったり、3枚が揃わないで2種類だけ何枚も来てしまうってのが確率的にと言うか50枚ブックの怖いところ。

この問題はMTGやってたときから一緒で、割りと真面目に計算していい感じのレシピを書いたつもりが使う人が勝手に自分の好みで枚数を変えて、実質的に優勝デッキに近いものを書いているのに亜種がいっぱい出来て、その中から運も兼ね備えたものが勝つから、結果的にこちらが優勝デッキの亜種みたく見られてしまう問題があって、そこんとこアメリカの選手だと計算してデッキ組む人とプレイする人が分かれていて、チームメンバーはデッキ作成者を信じて何人も1枚も違わない全く同じデッキとサイドボードで出場しているのが印象に残ったな。

ただ、俺の場合は自分のデッキが正しいと押し切ったり説得する力が多分アメリカ人のデッキデザイナーより弱いんだ。好みもあるだろうし、コンピュータで完全解析したわけでもないから、使い手に「こうしたい!」と押されると「うーん、そうすれば?」となってしまう。

それでも日本人からアジア圏の優勝者はたくさん出ているから、アメリカ式が良いとか正しいとは言わないけど、チームがみんなデザイナーを信じて同じデッキで出るという結束の固さみたいのが羨ましかった。考え方を変えれば近いデッキで各々を信じて調整して出るってのもリスク分散みたいな効果があって決して結束が弱いというわけではないけど、結果的に俺のレシピが優勝レシピでないってのは俺が弱いという気がしてしまう。特に引きとかプレイの面でね。

苦い思い出は全部ちゃんと思い出して整理して、今後を考えないと引きずったままでは精神衛生的に良くない。

そして大会優勝というお題目が俺にとって第一義ではなくて、カルドセプトもカタストロフィブックとかになると、もはや強くてもゲームとして面白くないって気持ちが先行して、それ以上研究しようという意欲を失くしてしまう線があるんよな。

だから結局、チャンピオンとかデッキデザイナーではなく「アイデアマン」みたいな位置取りから脱却できないんだとは思う。ドラフトだけ強くて構築はアイデアマン、シールドは運なしマン。なんかパッとせんなぁ。

あー、やだやだ。酒が回ってきた。

せめてカルドセプトの構築だけは、使った人がコンセプトに「納得」するだけのレベルまでひとりで煮詰めれるようになろうと思ってずっとやってんの。足りていないのは主観では「説得力」かな。計算の範囲が広すぎて説明しても理解されない。もっとシンプルで分かりやすいセールスポイントを持った、もうちょっとヒネリのない落とし所で他人を納得させるほうが近道なんだ。

それで完全コピーで使ってくれる人の頭数が増えたら優勝の確率だって上がるからな。

それでも「ボージェス&シーフ&バイタリティ4、4、4で良いんじゃね?」って軽く振られた事については深く傷ついてます。読んでくれ、やってみてくれ、たまには俺ではなく自身を疑ってみてくれと思いました。

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酒によった勢いもあってかなりとんでもないことを書き殴ってしまいましたが、ボージェス&シーフ&バイタリティ4、4、4でブックを書き直し。モスマン3に戻してスパルトイは1枚だけにしました。

意見を出し合ってブックを高めていくのはMTG参戦してたころ思い出して楽しいです。

しかしクリーチャ28枚にバイタリティ4とかなり歪んだ構成なので、何かは削りたい。元々がMTGで言うところのファンデッキ、カルド流に言うとネタブックなので多少の歪みはオッケーではあるが、ネタから優勝デッキが出来たなんてことも何度かあったことを思い出す。

マッドクラウンが入ってるからクリーチャー26でも良いとして、あと2枚何かを削りたい。25:10:15で考えてクリーチャーが多すぎるから、サイクロプスをやめちゃう、ファイターをやめちゃうとか考えるとドラゴノイドとファイター3枚ずつにしてスペルかアイテム増やしたい、みたいな事情でいつも3枚差しとかになるんよね。

素直に強いニンジャを入れるとかも検討の余地はあると思ってる。ボーンカメレオンが出発点ながら疑問符でもある。だけどこのままクリーチャ28枚でも悪くはない。3枚差だからね。誤差レベル。25にしたら何か良いことがあるわけでもなく、序盤に安定して後半にクリーチャの引き過ぎになるがワーウルフの捨て札やドラゴノイドの援護には困らないというメリットもあるわけで。思い返せば比重の歪んだチャンピオンデッキなんていくらでもあったじゃないか。

だけど、そこらへん全部MTGの過去の話。ハース、シャドバ、DQライバルズなんかにそういう余裕はもしかしたら無いのかも知れんな。

気兼ねなくひとりで練ることが出来るカルドセプトの世界が好きだ。今のレシピで文句を言っているのは俺ヒトリなので、変更してアップする時はそれはもう読んだ人全部が納得するような理由が必要な気がするな。デコイ3枚にしてドラゴノイド丸々削るとか。

よし、練ろう。もう一度。いや一度と言わず。しかし何故ガルーダでなくモスマン

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結局ニンジャとデコイをモリッと入れると「レア高っけぇ!」みたいなブックになってしまった。「ミヤッピ友達から無視されたりすんの、そこまでやるからやで」と言われたことを思い出す。

こうなるとカメレオンから始まったアイデアに負けたと思わずに強いレアに負けたという感想しか抱かないのかも知れんな。そして「カネ積めば勝てる」とか、友達以外の人に「俺もコレ買おう、パクろう」みたいに思われるのかもしれない。

やはりクリーチャ28枚入ってた歪んだブックの時点までが、みんなで相談して組んだデッキとしての合意点だったのかもしれない。そこまでなら、もしゲームがカルドセプトでなく実物現金カードのMTGでもみんなで集めて遊べる価格だからな。

そして最初に入れたカメレオンが50枚中で異様に浮いた2枚となって現金積みプレイヤーから笑われ要素として残っている感じすらするな。

そういう目線で見ると、同じMTGというゲームでも友達同士で遊ぶ小さなグループの集合としての大会があって、大会のためだけに強い人同士で集まる店の中でも元から友達同士であった人と、店に来て初めて話すようになった人の輪の中で、俺は勤めだしてからカネ持ってるグループに属するようになって古いグループとは疎遠になった。

そして社会人グループでもスタンダードする派ではなくドラフトプレイヤーになって、居酒屋でスタンダードの話したら「スタンダードって数あるカードの中からメチャ強いほんの一握りのカードをより分けて、そこで似たようなデッキ同士でやる運ゲーみたいなもんやしー」という意見がいまひとつ噛み砕けなかった。

だけどカルドセプトでもニンジャとファイターがいて、いくらアイボリーアイドルが気になりはしてもファイター使うやつなんていないよな。カルドセプトが実物TCGだったらニンジャって600円はするアンコモンだろうな。それはサラリーマンからしたら小遣いレベルでも子供からしたら高いものだし、強いのも子供でも分かる。

そして社会人グループに属してると「優勝賞金くらい1年働いたら貯められるやん」って空気感があるのも事実でさ。

酒が冷めてくると何言ってんだろ俺って気がしてきてるけど、酒飲まないとMTGについての腹を割った話ってなかなかしないもんよ。

そう、普段は社会人プレイヤーって若干シラケてるか、接客に回ってるかなんだよね。だけど頂点を目指してた時の熱い気持ちもどこかにあって、酒飲むと出るよね。

最近は飲みにも行かないからなぁ。家で缶ビール缶チューハイだから。そういう生活してると優勝賞金くらい貯まるわけで。だけど、お金じゃ代えられないものを失くした気がして、それをカルドセプトで一瞬取り戻した気がして、それがホーンカメレオン、ボージェス、モスマンという流れで、嫌なこといっぱい思い出したのがシーフ、バイタリティ、ボージェスという三角関係なんだよな。

段階を踏んで新しい着想がありふれた定跡に近づいて、追い抜かれたところで冷める。その繰り返し。最後に出たMTGの賞金大会も敢えてコモンいっぱい入った安デッキだった。あんときはカネ無くて最後の賭けみたいな感じで出たなぁ。

そしてMTG辞めてカネ貯めたんだった。多分会社帰りにパチンコ打って8割返ってきたら勝ちだと思ってるサラリーマン似非パチプロみたいなものと海外旅行の代わりに大会を巡るMTGプレイヤーって似ていて、中にはホンマにプラスになる人いるけど大体はマイナスなんだろうな。

ゲームとしてはモスマンブックをいじって遊ぶのと大差ないんだけど、アクションの大きさとか人とのつながりの世界観とかはもっと広いんだろう。

海外のカルドセプトファンサイトとか見つけると英語でメールして飛行機で遊びに行ってみたいって感情が湧いてきたぞ。ガイジンが「グールとファルコンソードはナイスコンボだ」みたいなことを英語フォーラムで見た時に思わずニヤリとしたわ。

これにて今日のホーンカメレオンツアーはお開き。モスマンも割と強いよ?