「書斎」という言葉の響にかつては憧れたが

子供の頃に読んだ本の中に「書斎」という言葉があって漠然と憧れたものだが、近頃は書斎よりダイニングや庭やプールとか開放的な空間に憧れるよな。俺の家は日本建築に分類されていたはずだが高校の時に爺さんが先に行って親父がリフォームを決行した結果、日本建築を半分残して俺と姉と弟の3つの子供部屋が出来てそれはそれで子供時代としては幸福な経験をさせてもらった。

詳しい経緯は後に書くとして、ひとまず俺の四畳半の部屋はこんな感じだ。

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だいたいではあるが、家が広くて子供が男と女のふたりで男が家を継いで女が嫁に行けば新築などしなくても全ての家が循環しそうなものであるが、少子化とか核家族化とかで別々に狭い家に移り住む方向に社会が動いていった気がする。都会化も影響してるかな。

俺の家族もかつては2世帯7人でそれはそれでみんな住めていたから広い家なのだが、祖父母がいなくなっても子供が3人ではそのままでは住めない。俺はマンションに引っ越し、母親が諸事情で別居し、姉が結婚して新居に引っ越し、親父と弟だけになった家に俺が帰ってきて、弟が成人して引っ越した。

だから今は俺と親父のふたりで7人で住んでいた家を占領しているわけだが、物置や離れに姉と弟の部屋は使っておらず、手入れをしていない部屋は物置と化し、居住空間は散らかっている。俺が子供の頃は婆さんが毎日必死で掃除をしていて、痴呆になってから施設に預かってもらうまでの間に母親が介護と家事を放棄した。

俺は帰ってきてからもこの子供部屋で暮らしている。書斎という響きからは程遠いが、寝室であり勉強部屋であったところにマンション住まいのころから持ってかえって使えるものは持って帰って部屋に入るだけ詰めてから、配置などを変えて今の形に落ち着いた。勉強机は色々と取り払ってパソコン机となり、テレビと本棚と寝床になっている。

まあ、取り立てて説明することでもなかったが、ケータイでの自撮りやギターの弾き語りが流行ったように「実は俺の部屋はこんなだよん」という回転パノラマ的な自撮りが流行ったり・・・しないか。