絵を描くってどういうことか掘り下げて考えてみたよ

コンピュータで絵を描くってなかなか難しいもので、筆で絵を描くというと「人が」って主語が日本語の場合は省かれるじゃないですか。人工知能で絵を描くとして、絵ってのは人間の目の錯覚を利用した感覚的なものだから、コンピュータ上で描いた絵を認知する人格的なものが形成されて初めてその人格から見た絵を描けるようになるので、まずデジカメで写実的平面画は人間の中で究極的な技と同じところから出発して、だんだんと擬人的になって最後は子供のような絵が描けるように人間の成長とは逆相関に進歩するのかなとは思うんですよね。

そうすると下手な絵なら自分でペンツールで描いたほうが早くて、上手い絵の代わりに幾何学を使うのが普通なんですよね。完全に手法がデジタルに落とし込めるとコピーがほぼ無料になるので、高価な芸術のカタマリであるはずのデジタルカードゲームが通信料だけの格安で手に入って、反対に手塗りの味みたいなものは絵の具などの原料がかかっているぶん割高にどうしてもなってしまう。

だから絵師がコンピュータを使う意味としては画材の消耗品を1枚あたり500円から1000円くらいかけるならコンピュータを使うと画材代が浮いて100枚から200枚くらいで元が取れるという方向性と、カメラとグリッドでやっていることがデジカメで出来てしまうという方向性と、これは絵師的には反則なんだけど複写的な機能をデジタルで無償化出来るという側面と、あと細かいけど大事な点はアクリル絵の具などで失敗を上塗りできるようにデジタル絵の具だと巻き戻しや塗り直しのコストをソフトで実質コンマ数秒単位に時短できるという側面など、まあメリットとしてはかなりあるんですよね。

そのかわり、そうして作ったものの創作物の価値をはかるときに安く作ったものは安いなりに見積もられてしまうというのはこれは絵を描くときも問題でなく他者と交渉して値段を決める時の商売としての問題でデメリットもついて回るし、反対に商売で上手く行ってコストをかけていないなら詐欺になって、デジ絵で儲けたなんて言ってしまうと後者の疑いをかけられても仕方ない部分もあると思っています。

手書きのイメージで有名な老舗のスタジオの裏方がデジタルバリバリだったりするのは、やはりデジタルに対する旧社会の印象がまだ良くないからで、詐欺というわけではないけどイメージコントロールとして原画展とかやって上手いこと儲けてますよね。

そうなると俺の方も手書きの味をデジタルで出すことなんて考えないで紙に絵を描く仕事に戻ろうかなとノートにシャーペンで絵を描いたり久しぶりにやったんですけど、ペン入れまでは出来ても彩色だけはデジタル経験がほとんどで水性ペンとか安く買えるもので何から取り掛かろうかと悩んでます。

デジタルの良いところは失敗を巻き戻せるところ。手描きに行くならペン入れまでした絵を捨てる覚悟で塗らないといけないからなぁ。そこの割り切りがそろそろ必要かと。

本当にペン入れした絵がそこまで惜しいならそこで版画にしてそれから彩色に取り掛かると丁度いにしえの工房と同じになるのかもしれないな。歴史。

そういえば手書きの作品で書類選考返却不可を正面突破しようと企んでた時は自分の絵が惜しくてカラーコピーを手元に残して絵を封筒に入れて送ったよな。