ある程度以上の弾速になると見てからでは避けれない。ならば。

A級シューターを目指す上でどうしても超えられない壁を感じていた。
ケイブ怒首領蜂は1周できる。アレの2周を目指しているわけではない。ゲーセンの縦スクロールシューティングを1周したいという目標は怒首領蜂、ストライカーズ1945IIを越した時点で具現化したので、長らく目標を見失っていた。俺は何がしたかったのか。
そして長らく眠っていた記憶がある日の夢に現れた。地面からいきなり基地のようなものが出てきて戦闘機に向かって弾を発射する。ゼビウスのワンシーンのようだが違う。ソニックウイングスだ。
目が覚めて早速ヤフオクソニックウイングスを検索し、マックブックプロにSNESのエミュを入れてソニックウイングスをプレイして、夢に出た基地が出てくるステージで、何故だかわからないけど、他の数あるシューティングでなくこのスーファミ版のソニックウイングスこそ乗り越えなければならないもののように思えた。
しばらくは理由がわからなかった。
それが、繰り返しプレイするうちにやっと分かった。
俺は見てから避けれる弾は避けられる。怒首領蜂をクリアできたのは、あのゲームは弾の数はメチャ多いけど、それらのほとんどは精密に時期を狙っていて弾速が遅い。そのため、撃たれた位置からほんの少しだけ動けば、自分が意識していない弾でもかわすことができる。見えているようで、全部は見ていなくて、画面を全体的に見て、時期を狙って弾があちこちから近づいているなと思ったら少しずつ時期を横にずらして、後半面はそれだけでは画面端に追い込まれるので切り返す。色々と怒首領蜂専用と思われる技を身に付けて、後続のエスプガルーダもクリアした。
ケイブ系は行けるけど、ケイブ専用作業員であってまだA級シューターではないという強迫観念があった。
だからストライカーズ1945IIに行ってクリアまでやった。だが何かが違う。あのゲームのボスの弾は目で見切れる。1999も越したしカプコン19XXも越したけど、なんだかまだ自分がA級シューターに成れた感じがしない。昔難しかったあのゲームこのゲーム、グラディウスツインビーも何周もした。雷電もクリアした。でも違う。
実は分かっていた。ファミコン版のゼビウスの2回目のアンドアジェネシスの後の大花火2連発が避けれない。
それとソニックウイングスの7面ボスの弾が非常に似ている。ゲーセンのシューティングは横長のモニタを90度回転させて縦長にしてゲームをするようになっていて、縦に長いと一番後ろに一番上から弾が届くまで時間があるので、レーザーのように一発で来るものは例外だが、大体視認性のある弾は画面に弾が表示されてから避けられる。
だが、問題はファミコンゼビウスだ。ファミコンゼビウスは画面が横長なので、縦に目一杯距離を取っても距離が近い。「だからクソゲー」と言ってしまうのは簡単だ。昔はそうだった。縦画面のゲームは縦画面で遊びたいし、セガサターンのシューティングなど画面を90度回転させてテレビを立てて遊ぶモードなどが搭載されて、縦シューを「自分で越せるレベル」にしてクリアして満足していた。そして横画面縦シューティングはそれ専用の商売上手なプログラマーがいて、弾速や敵の位置をそれなりに納得感のあるレベルに仕上げてもらって楽しんでいた。
だが、自分が何故A級に上がれないかと言うと、その横画面縦シューで画面の真ん中あたりの敵から左右下端の自機に向かって放たれる高速の多方向弾を避けれないという明確な弱点が克服できていないからだ。
そして、スーファミ版のソニックウイングスを繰り返し遊ぶうちに7面まで進んでいたものが残機とボンバーを7面まで運搬するべくボムケチりプレイの段階に入り、4面ボスまでボンバー無しで避けたり避けれなかったりしながらも、5面ボスだけはやはりどうしてもボンバーを使わないと避け切れていないことが浮き彫りになった。8ビットや16ビットには射角の計算の桁落ちの問題で自機を僅かに動かして狙いを逸しても当てってしまう微妙に狙っていない弾が来るのも問題だ。それはトレードとして安全地帯を生むが、ボスが動きながら弾を撃つことが安地ツブシになっている。だから5面ボスで死ぬ。
そこで5面ボスに何度か挑む内に、どうやっても避けれないで繰り返し挑戦することをやめて悩んだ。
「これが凡人には越えられない壁というやつなのか。俺はA級には成れないのか」
答えは否である。自分のプレイを動画に記録して自分で見ている内に分かった。俺にも避けられているタイミングはある。だが自覚がなく、死んだ時の失敗の記憶だけが強烈に残っている。それは難易度を上げて敵を固くすると3面でも分かるようになった。無意識的に何度か避けているが、長期戦で疲れるとその無意識の避けが出来ず、弾を見ようとしている。では何故無意識で避けられているか。それはくり返し遊んで弾が来るタイミングを体で覚えているからだ。それが5分で辿り着く3面なら出来ても、10分かかって辿り着けたりそうでなかったりする5面、6面になると繰り返しの試行回数が足りていない。
体で覚える、感覚で避けるには体内時計のようなものでゲームを先読みしている必要がある。闇雲にでも何度もやればそのうち出来るかも知れないが、少なくとも今日までには出来ていなかった。3面を避ける感覚は音楽と伴にある。繰り返す内にパターンが毎回同じになり、音楽を聞きながらリズムを取るようにコントローラーを動かしている。これは俺が見てから避けられる弾しか避けられていないのでなく、既に見てからでは避けられない弾をいくつも乗り越えてきている証拠ではないか。
そう考えると、A級シューターのしきい値であるアーケード1周は既に超えている。それでも納得出来ない部分はスキルではなくパターンなのだと。残念なことなんだけど、弾避けの縦シューでも障害物の横シューでも、辿り着くところはパターンだという長文の割に当たり前のような結論になってしまう。
格闘ゲームプレイヤーからの「シューティングなんてパターンでしょ」という冷ややかな視線に「パターンだけでは片付けられない種々のテクニックがある」で反論してきたけど、素直にパターンを組むことがマスターピースになっていたとは。
これは「格闘ゲームがジャンケンでしょ」という新しい偏見でもってシューティングに意地を張ってきた俺の結論。デジタルゲームは全てが論理回路で出来ているので、厳密には全てのゲームはパターンなのであるが、ランダムもまた回路としてはパターンだけど視認性がない場合は運になる場合もあるので、ゲームというのはどこまで行ってもジャンケンかパターンになる。ジャンケンの格闘ゲームにコンボというパターンがあれば、パターンのシューティングにランダムというジャンケンもある。ソニックウイングスは3面までランダムステージで4面からパターン。だけど、スコアによるランク調整も加味すると3面クリア時点で4面がどの程度のランクで始まるかはランダム性があって、パターンに変化が必要。弾速とかが違うからね。
こうして書き出してみると、ボスとの相対位置で安置になる場所を見極めて動き続けるという新たなテクニックも有り得るんじゃないかと思えてきた。けど今日はもう疲れた。A級シューターに俺は成れたのか成れていないのか分からないが、成れた瞬間があったとしてもそれを維持するのも大変そうだ。そのへんが「越したこともある」という「しきい値ギリギリ」の弱みなんだろうな。
これはもう、自分の内面ではなく越したことを自慢にするとパターンだと信じている人から「もう一度やってみろ」と言われて失敗して嘘つき呼ばわりされたという外交の問題で、しきい値より上に行くよりしきい値ギリギリでは解けたり解けなかったりすることを説明する側に回ったという人生の選択の問題だよな。それに越すことを「解く」と表現してしまうあたり、誤解のもとだ。常に変動していて、勝ったり負けたりする性質のものだと思うんだよな。人間の側だって固形じゃないんだから。
つまりは「A級シューターに成りたい」ではなく「キューピー堂のおばちゃんは死ね」が正解に近い。あの人は目にもの見せられると目をつむってでも「見ていない」と言うタイプだからな。