久しぶりのFF7ですよ

ジェノバの港で放ってあったデータから再開して1時間進めて運搬船の中でセーブ。 f:id:karmen:20180624025145j:plain
近頃では世界の狭い俺ではあるが交友範囲が広かった時期もあり、ある界隈では当たり前のことが別の界隈では到底信じられない話になるというような体験から話題を合わせるための接点としてメジャーなものは押さえておこうと勉強のためにやりだした。分かり会えない人がいると思うと寂しいが、対人関係で家族や親友、それ以外という割り切り方をして、ゲームが暗い趣味であった時代にゲームするもの皆仲間と思っていたら裏切られたりもして、かといって家族以外は皆他人かというとそうでもなく、どのくらいまで進めりゃ話題が合い始めるものかと。
多忙でもゲームソフト1本だけ買って頑張る人もいれば暇人であれもこれも解いたと自慢する人もいればゲーム雑誌やネットの情報で知ったかだけの人もいて、安易にこちらから情報を出し始めると知ったかがメモメモして餌をやるようなもの。ゲーセンのゲームとゲーセン仲間はコミュ障でも何でも同じ場で同じゲームを見比べるやり比べる一緒に遊ぶ出来たから話は早かったけど、家庭用ゲームの話で知ったかとやりこみさんを見極めるのに問答だけではな。反対に俺が忘れっぽいせいで相手の問答に答えられず知ったか疑惑をかけられた過去も。
かといってブログに証拠写真とか貼って、知ったかさんを追い詰めるのもそれはそれでやり過ぎている感はある。ゲームが下手でも3D世界の探検を存分に楽しめるという意味で間口の広いゲームで400万本売れたのも納得ではあるがその400万本がレコード時代のヒット曲のような時代の宝物になるのでなく100円とか50円で中古投げ売りされて産業廃棄物と化したところも併せて考えていかないといけない気はするよね。なんかプレイしていて陰鬱になるゲームなんだよな。シナリオとしてドキドキは必要だけどそこから開放されて安心できるゾーンとの波がどんどんダウナー方向に振られていくというか。簡単に言うと「しんどくなるゲーム」俺だけ?
ただしボリューム的には他のゲームが短編集くらいの厚さでFF7は長編連載小説全巻セットのボリュームがあるわけで、ある友人の言葉では「ミヤザワさんって美味しかったら小さい皿にちょびっと乗ったような料理でも美味いって喜ぶじゃないですか。僕たちはからあげの大盛りみたいなもので安くて腹一杯になるようなものを教えてほしいんですよ」って。
だけど根本的に安い娯楽が欲しいならテレビで良くないか?とも。ゲーム機で遊ぶのは面白かったらすぐに飽きてもそれはそれで良い体験を買えたとは思えないか。そのへんはセガのタントアールから昨今の任天堂パーティーゲームがかっさらった市場なんだよな。
そこらへん、部屋にテレビはないけどパソコンはあるって人向けに出来上がったジャンルとして長時間遊ばせるための冗長化てのは歴史的に避けられなかった時代もあったわけで。今更になってから新しいゲームとやり比べて物足りないって論説は意味を持たない。
なんていうか本当に罰ゲームみたいで辛い。精神を蝕まれる。病む。寝る。