1日10分を6日間と1時間ぶっ通しは違うよ

ツイッターで流れた話に噛み付いても仕方はないがヒトコト言いたい。1日10分を6日間と1時間ぶっ通しは違う。人間の体のリズムに合っているかどうかなんだ。ウォーキングなら10分では短いかもだが高負荷の筋トレだと10分も持たないわけで、まず体の場合に違いが有るという話。次に頭で考えるような仕事の場合、椅子に座ってじっと考えているよりも考えて、やめて他のことをしている時にアイデアが浮かぶというような経験は無いだろうか。俺には良くある。脳科学者ではないから借り物の言葉にはなるが、脳は目標を決めると何をしていても絶えずゴールを目指してモノを考え続けるらしい。何かしたい事があれば、1日10分でもそれに取り組めば、取り組んでいない時間にも頭の片隅でどこかそのことに集中し始めて、細かい時間の積み重ねでも大きな成果を生むことは有る。
だから「1時間ぶっ通しでやれば良いでしょ」というのは、この取り組んでいない無意識のはたらきを完全にナメていると言える。
俺がこの事を特に感じるのはツイッターで誰かに言い返したいとかでなく、プログラマーの仕事がタイムカード管理されて工業簿記のように生産管理されていることに対する疑問からなんだよね。誰がそういう管理を始めたんだろうね。新人の頃はほとんどの仕事をトイレや帰り道や風呂の中で考えていた。会社に出てデスクにへばりつけられて他人がいっぱいいるとプログラムどころではなかった。まあ、それも慣れたから、考えなくても答えがだいたい分かるレベルになって初めてお金のためにタイムカードの時間にちょうど合わせて働いたふりをするという時期を経て、もう雇われは窮屈だから自分で家でプログラムするようになった。お金のためでなく自分のために。
それからもやっぱり、傍から見たら何をしているのかわからないような椅子をクルクル回して天井を眺めている時にプログラムは出来上がる。頭の中で。もう通勤をやめて1年近く経つので、かなり考えて色々のゲームが頭の中でコードに置き換わった。頭の中で出来てからアウトプットに掛かる時間はもちろん必要だけど、それ以外の考えている時間こそがプログラミングの実働であって、目に見える作業にしか実働が振られないなら、デスクワークで天井眺めてたらサボりと言われるなら、関係ない時間を作って考えておいて成果物に対してコンピュータにインプットする時間の時間給を上げてもらうとか、製品を高く買ってもらうことでしか高品質を約束するのは難しい。
まあ、ちょっと日頃の鬱憤晴らしみたいな書き方でまとめちゃったけど、やっぱ1日10分を6日間と1時間ぶっ続けは違うよ。