「地球温暖化はエントロピィ増大だから仕方ないよね」を打ち砕く!

そんな方法があるのかは分からないが、なんとなく地球儀や地図のイメージで平面的にエントロピィを考えると、赤道直下が暑くて北極南極が寒くて、熱のやり場に困って北極南極までどんどん温まってしまうイメージを持ってしまう。だけど、エントロピィは立体的に考えると頑張って宇宙まで熱を伝えたら系の中で熱が増大し続けるという条件は崩せるんだよな。そもそも宇宙は冷たくて大気圏が熱を守っているわけだから、それに逆らって冷やすのは熱ではなく重力に逆らうことになるんだけど、なにか良い方法ないかなと思ったら水素を大量に作ったら上空で雨雲になって雨を降らして冷えるわけだから、熱帯雨林になってるところはそれ以上は温まらない。
いやテレビ見てたら屋外用クーラーとかミストシャワーとかで涼んでる人がいて、森林が地球温暖化を防ぐっての水を毛細管現象か何かで小さくして水蒸気にするだけで同じことなんじゃって考えた。ミストシャワーが作るのは小さな水の粒で水の粒が水蒸気になる吸熱反応で冷えるわけだから部分的エントロピィ減少は見込めるはず。じゃあその系はどこまで広がるかというと水蒸気は大気中に混ざって上空で冷えて雨になって降ってくるわけだから、その熱が宇宙に逃げていると考えれば地球規模ではなく宇宙の地球の近くの部分でエントロピィが増大しても地球としては部分的エントロピィ減少ということは熱力学の第二法則に矛盾せずに地球を冷やせるはず。
てか、エアコンや冷蔵庫で自分の部屋や缶ビールだけ冷えたら世界のことはどうだって良いという人が多いように、地球規模まで考えなくても奈良だけエントロピィ減少とか日本だけって考えれば、まさか中国だけ儲かれば日本が熱帯化しても構わねぇみたいな政治的な問題で取り組みがゆるい国だけ異常気象に苛まれる社会なのかもな。
ホリエモン事件のとばっちりでプログラマーというだけで社会から「コンピュータで儲けてる!」と強いバッシングを受けてその時に考えたのは地球環境問題で、やった事といえば節電とかミニマリスト的な生活だった。みんなで電気やガソリンを使うのをやめれば地球温暖化は防げると話を流布して、自分も率先して暗い部屋でただじっと過ごすということを仏教の瞑想と組み合わせれば、宗教と科学が一体となって地球に広まって種々の問題は解決すると考えたが、既に科学技術の恩恵を受け便利な暮らしをしている人に地球温暖化というまだ来ていない未来に対して心配を抱かせて便利な暮らしを我慢させるというのは筋の通らない話であった。
本当に、当時はエネルギー削減の色々な方法を思いついたが、どれも大掛かりで沢山の人の協力が必要でしかも何のためだか未だ分からないということから、俺は社会から排斥されかかった。だから、地球温暖化というテーマが現実化しつつある今日でも、解決してしまえば単なるその年の異常気象だった、みたいにみんなが安心してしまうかもだから、地球はあったまっても俺の部屋だけクーラーで涼しいって方向のほうが利己的に思えても科学という力の使いみちとしては正しいのかも知れない。
熱に対する考え方と貯金や年金に将来を託すか若い時に遊ぶほうが良いと考えるかみたいな遠近感の問題が結び付けられてるんだよな。冷房で室内を冷やして室外機で外気を温めると外に球状に熱を押し付ける格好となって、地域で熱の押し付け合いをしているというイメージを図形で想像出来るか、みたいな。
エアコンを使うと室外機で外気が暑くなるのを防ぐためにこまめな節電を呼びかけても効果がないから地球温暖化という大風呂敷を広げたと考えることも出来るわけで、地球温暖化を信じていない人は恐らく猛暑が来てもそれが30年前から呼びかけられている環境問題を無視した結果であるとは結びつけて考えないだろう。このあたりの真偽と、今度も猛暑が続くならどうすべきか、地球規模で協力すれば将来的に猛暑は防げるのか、現実として未だ来ていない猛暑を予言して人々が行動に移した場合にそれによって猛暑を回避できると猛暑が来るという予言自体が嘘になるという矛盾を温暖化問題が孕んでしまっている。だから、その予言に根拠があってもそれを流布して協力を呼びかけるという方法はそこまで分かる人だけにとどめて別の工夫をしないと予言が成立しなかった時に予言者自体が危険に晒される可能性もあるから、難しい問題だなと思う。