宝くじのメリットを敢えて考えてからのカードゲーム

賢い人は宝くじなんて買わない、博打なんて打たない。これは世の中の常識だろう。
では、何故そんなものがあるのか。みんな馬鹿なのか。それは違うと思う。
宝くじを買わない理由のひとつになっているのが確率だ。そもそも宝くじ的な当て物はみな、配ったくじ1枚毎の価格の総計よりも当たりの額のほうが低いわけだから、買ったとしても確率的に損をする。という論理で宝くじを買わないように諭される。
しかし、それに対する反論として、宝くじというのは確率的に損をするという考えは世の中の全てのくじを買い占めて当てようとしても当たりのほうが安いという意味にしかならず、1枚買って当たって、それでそこで買うのをやめれば得する人だっている。
これはどういうことかというと、サラリーマンで年収が決まっていて、年金をもらうまでに月の小遣い3000円の人がいたとしよう。毎月遊ばないで貯金すると年間3万6000円貯まって22歳から65歳まで昇給がなければ154万8000円になる。宝くじが当たらなくても貯金すれば150万円の蓄えが出来る。本当にそれでいいのだろうか。そのサラリーマンの小遣いが月3000なのは住宅ローンや生活費に年金に子供の養育費などを全部計算して、貯金は貯金でしておいてどう使っても良いと思われる額が毎月3000円なのが普通だろう。この3000円を宝くじに使ってもし当たれば150万より大きい額か1等でなく100万円でも若い内に前借りすることが出来る。
つまりこれはクルマをローンで買うと金利の分損すると言うのと論理として近い。5万円ほどクルマが高くなるから、20万円ほど家が高くなるから、貯金してクルマを買う、貯金して家を建てるという人は日本の中ではレアケースなのではないか?
同じ理屈で宝くじを買うなら競馬のほうが当たる確率が高い、というようなものもある。場合の数で16頭走るから16分の1で当たると言いたいんだろうけどね。だけどオッズがあるから、強くて人気の競走馬ほど配当が低くて競馬を知り尽くして確率で勝とうとすると宝くじのように1枚買って果報は寝て待てではなく、一生を、とまでは行かなくても人生のいくばくかを競馬に捧げることになるよ。それこそ毎週競馬場に通ったら、福利的に当たりが重なって勝つ人も出てくるかも知れない。実際にそういう人がいて馬券を経費として認めてもらわないと税金で大損してしまうというような新聞記事があったよね。
そこまでメリットだけを考えても、俺はやっぱり宝くじは買わない。しかし、昔に一度だけ買ったことがある。その時は当たったら良いなと思ったし、一度は買って当たらなかったから、他に3000円のもっと面白い使いみちは無いかと常々考えている。
そう言えば、昔の遊び仲間の内にマジックザギャザリングの大会で優勝したやつがいて「年収よりも大きいボロ儲けや」と言っていたが、大会の過去ログを読むと当時は賞金総額20000ドルだが24位まで貰える仕組みで1位は4000ドルだった。お前まさか年収50万円以下だったとか言わないだろうな。俺はその時サラリーマンだったので、話を聞いて羨ましいと思ったものだがハッタリだったのかも知れない。俺がMTGで当たったものと言えば飛行機のチケットの付いていない招待券とカードひと箱くらいだぜ?
マジックザギャザリング開発者の弁によると実生活に影響を与えないで楽しむものがゲームで、結果が実損益に結びついてしまうとそれは生活だと論じていた。しかし、100円ショップのトランプでも100円払っている以上は生活余剰金とは言え遊興費にお金を使っているわけで、厳密には生活と結びついている。時間だって生活時間と遊び時間は誰しもが与えられた同じ時間の中で行動を変えているわけだからな。
そして3000円くらいのキットを買うかどうか散々悩んでからハースストーンをケータイで半日くらい遊んで満足した。
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宝くじの話とマジックザギャザリングが被るのは賞金大会があるからで、そうではなく余暇としてのマジックザギャザリングを楽しめるだけの余裕を持ちたいなと思っているが、それを認めてもらうには貧しい人がマジックザギャザリングを敵視しない程度に周囲を潤してからでないと、カネあるのに変なことに使って私ら貧しいやんけという八つ当たり的な思想を生んでしまう。
まあ、だから節度を守って遊ぼうと思うわけだが、そうすると今度は振り切れてるマニアとの温度差が出るわけで。難しい。