カジュアルプレイでは投げハメはシビアすぎるんですよね

格闘ゲームのスポーツ化で「ルールはゲームのプログラムだけで充分」という風潮になってきてる感じがするんですが、そのためルールを変えるためにカプコンツイッターで文句を言いまくる人とかも現れて、昔の投げハメ論争は何だったのだろうと振り返るわけです。
投げハメはハメなのかというと、厳密にはリバーサルがあるキャラにはハメではないとか、投げ返しがあるとどうとか、そのへんプログラムを解析的に考えてひとコマごとにどうジャッジされているか突き詰めた人もいるんですけど、先ず仕掛ける側が詐欺飛びヒット確認コンボとガード確認投げハメというパターンに持ち込まれると、ひとコマ1フレームつまり60分の1秒のジャストタイミングでボタンが押せて初めて50%から25%くらいの確率で返せることもある、という攻め方になるので目押しが出来ない人は一律負け確になるんですよ。
そのため、カジュアルプレイでは「お手柔らかに」という意味で投げハメは禁止しようと。競技じゃなくて100円出し合ってゲームだからと。そのへんはルールとして明文化されているかどうかより空気が読めて集まった者同士で楽しめるかという派閥と、ゲームはスポーツなどの審判不正のないコンピュータによる厳格なジャッジだからゲームの中では何をしても良い派閥で何度も言い争いになったんですよね。
このへん、東京では店も地域も人口も多すぎてネットや雑誌投稿の論壇に代弁される以外には「ハメ有り」が「ハメ無し」に必ず勝つ以上ゲームセンターで無言で台を取れる人間は「ハメ有り」になるので、対話無しで観察する分には「ハメ有り」に見えたんですよ。
俺はヴァンパイアハンターというゲームに拘っていた時期があって、その頃にウメハラさんとその取り巻きのグループで関東、中部、近畿、四国に分かれて対戦会をしたんですけど、中部と関西では大会でもハメ無しなんだけど、東京は無言でハメてきて四国チームの大将がとてもアッサリ倒されてしまったんですよね。
この時に俺は本当に色々の葛藤で複雑な気持ちになったんですよ。自分はハメ有りか無しかと言うと、ストIIではハメ有り派だったけど、19歳という年齢で大人はハメ無しでも中学2年のウメハラのハメには不満があっても黙って放っておけば良いという態度で、勝ちたいと楽しみたいはゲームで一挙両得だと信じていたものが、この大会で勝つと楽しむは二分されるんじゃないかと。その時は上手く言葉に出来なかった。自分の中にも矛盾があることが分かったから。
その大会は20年以上前で、実は10年くらい前にも同窓会的な対戦会が大阪であって、東京でウメハラにも引けをとらないと思うプレイヤーが遠征に来ていたんですよね。俺はもう、ハメ有りで思いっきりぶつかってみたいと思っていたのが、フォボスのコンフュージョナーハメ(即死コンボ)を決めて勝ったら、東京の方から「それ反則だよ!」「どうして?」「旧基盤だけのバグ技だから」と言われ、他のものは皆黙ったままだから、その条件は飲んで、ハメなしのフォボスでは負け、それで自分で五分以上だと思っているビシャモンモリガンでこちらビシャモンで何でもありルールで挑んだんですけど、自分が東京は何でもありだと勘違いしていただけで、一発ガードキャンセルでこちらが勝つと相手も一発ガードキャンセルをしてきて勝てなくなり、投げハメはその間合いにならないように戦われて1回のハメがリードにはなっても、相手の側はやられたらやり返すの空気感で結果かなりの負け越しになったんですよね。途中で誰も二人の試合を見なくなって、満員だった会場を二人きりにされて、負け越しだと俺は記憶しているけど皆が帰ってきた時には俺が勝った後で「まさか東京のあのモリガンが負けるなんて」「連勝止まってるやん」「ミヤザワくん勝ったね」と言われたんです。
俺の中のルールでは何回やって勝ち星の数を競うというプロ野球みたいなルールなんですけど、巷ではゲームの勝ち負けは運によらない実力だとする人も多く、負けは経験で負けて相手の手を覚えることで経験値が入ってプレイヤーが強くなり、そうして強くなったことで相手を負かすようになったらこちらのほうが上ということで、最後に勝った方の勝ちという論理もまだまだ根強くて。このルールだと閉店までコンティニュー出来る財力が絶対条件で、店が儲かるから店に好かれるルールなんだろうとは思うんですけどね。