アップル創業当時のスタッフは「宝石職人みたいな仕事」と愚痴ったそうで

プログラマーが王様になる社会は有りうるのか?いやー、ダメなんじゃないの?
コンピュータ技師というのは未来予測がスパコンに委ねられる時代が来ても王様の冠を作る金物宝石職人か政治を取り仕切る大臣か神様を奉る司祭みたいな存在で有り続けるわけで、コンピュータにプログラムを打ち込んで王様に成り上がるシナリオを今は想像できない。
昔は今よりバカだったから、仕事が割り振られたらそれを自動化したら仕事をせずにメシが食えると思っていたんだけど、プログラムを組んで自動にしてサボっていたらサボっているからという簡単な理由で職場からポイされて、何かしているふりをして実はサボっていたやつが上司に取り入って得をしたという。バイト時代もゲーセンふたつ掛け持ちしたことがあってUFOキャッチャーの飾り付けとか筐体の整備とか勤務時間が終わってから対戦格闘ゲームの相手役などをずっとやって店の儲けを出していたのに、社長がときどき店に来てその時だけ掃除をしているフリをした他のバイトが残って俺は放り出されて、俺が居なくなったら店は客が居なくなって1ヶ月で潰れたんだけど、まあ管理職と仕事の関係はずさんなところじゃそんなもん。ずさんっても、自分も自分ちでテレビ見るようになると地方営業してる芸人さんよりテレビに出てる芸能人ばっかり見てるわけだから、たぶん社長や上司と同じくらい人の仕事なんて見ていないわけで。責めれない。
ところで、その昔に格闘ゲームの実況で「待ちナッシュ」というプレイヤーがゲーセンの対戦台では勝っていて大会優勝をしたことがない様を語りながら「無冠の帝王待ちナッシュは王座獲得なるか!?」と叫んでいたのでけど、無冠の帝王という言葉を辞書で引くと冠は持っていないけど実質上の権力者という意味でジャーナリストを指す隠語だったらしいのね。国語で言う行間を読むというのは台詞や描写から心情を推し量るという意味だけど、特に英語では意味のわからない単語を前後の文脈から推理していくという能力が重視されていて、それは日本語で作文が出来ることより英論文とか英字新聞を読んで相手の言っていることをスパイするほうが東洋の学問をするより西洋のほうが進んでいるという前提で生み出された戦後教育だったんだよな。
だけど俺がプログラムの勉強をしてネットに繋いでみたところでマイクロソフトの情報をスパイしてもゴミみたいな文書だなと思って、そこはアップルの情報をスパイ出来ていれば世界は違ったかもだけど、日本じゃマイクロソフトがばらまかれた時代だったから。無駄な10年だったなと思うんだよね。
その無駄な10年の跡の10年はどうだったかと言うと勉強に当てたんですよ。人から金もらって雇われる仕事の評価のバカバカしさから逃れたかった。日本語でブログを書いて発信者になることにどれほど意味があるかは計り知れないけど、自分で書いて読み返すと少しずつバカが直ってきている感覚はあって。まあ、受験生と比べたら勉強のペースはすごく自由気ままでゆっくりだとは思うんですけどね。楽しい気分に包まれて、気がつけば10年経っていたという感覚ですよね。