結局は世界の問題でなく自分を取り巻く人間関係の問題なんですよ

俺は子供の頃から「甘えたのボン」として育ったので、欲しいものは何でも手に入ると思っていた節があるんですよね。
そんでまあ、大体の欲しいものと言えば今の世の中工業製品だからお金があれば買えるわけです。それは他の人も同じで、安室ちゃんが流行ればアムラーが出来たように、芸能人とかを宣伝モデルにして「同じものを持ちたい」「人間平等だから同じものを持てば同じだ」と思わせて複製品を大量に作って儲けることで経済は回っているんです。
そこへ来て、金持ちの良くある趣味は絵画とかの一点物ですよね。みんな同じものを持っちゃえば同じだから、差別化のために違うものを持ちたい、そこを自分の能力で個性を持つのではなくお金で解決する道として一点物があるんですよね。この罠にもハマったことあります。
手に入らなかったものというか、失恋とか、敗北とか経験して、あと子供の頃は親の家で自分の部屋があれば満足だけど家を買うとなると立地などの条件と持っている金額とかで色々と折り合いをつけるようになっていくじゃないですか。これはほとんどのひとが経験することだと思うんですけど、俺はそれがとりわけ遅かったんだと今から振り返ってます。反対にそれでも自分が勝ちたいと強く思うことが仕事を頑張る原動力になる場合もあるんですけど、ちょっとの折り合いでラクになれる、ラクの味を覚えてしまうとダメになりますよね。
そんで、すごく細かいことなんだけど、会社に入ったり、個人事業主になって独立したり、大手ゲームメーカーとの契約を取ったり、子供の自慢みたいだけどゲーム大会で優勝したりしても、テレビしか見ないものだからテレビに出るくらい有名にならないと信じてくれない家族親戚とかの人間関係ですよね。従兄弟が年上で姉がいて、年の離れた弟がいて、上からはいじめられ下に当たると弟だけは守られるという人間関係が硬直して、会社で偉くなったとか言っても姉は強く出るとか、親父が小言をいうとかが不満なんですよ。
それで、それに対抗すべくもっと出世をという風に考えてたけど、むしろ家族はもっと俺に勝ってほしいんじゃなくて俺にもうちょっと負けてほしいんですよね。俺が負けると嬉しそうな家族という歪んだ人間関係をいかに取り繕っていくかという。これはね、もう子供の頃から繰り返しになるけどほとんど硬直してるんですよ。親父も姉も欲しいと思ったら何でも手に入ると思っているタイプで、お金で物事を解決して、俺がお金では買えないもの、ソフトウェアの作者であるとかブログを書いているとかギターが弾けるとか人としての能力を身につけるたび、それを家族や親戚や近所の人が「お金でどうにかできないか」お金で出来ないなら「そんなモノくだらないと言って貶めたい」それに人が賛同しなければ「お金でどうにかしたという嫌疑をかけて貶めたい」という欲求を持っているんですよね。
AKB48高橋みなみちゃんはトップアイドルとして成功するために友人関係を全て断ったそうです。これ、俺と比べて良いかは分からんけど、嫉妬に対する気遣いと個人の資質を磨くための努力って両立は出来ないと思うんですよね。せめて頑張っている人を応援できる家族とか人間関係でないと、親兄弟から妬まれるという人間関係では出来ないことがある。実際、いちばん頑張っている時はマンションで一人住まいでその時にはその時だけの友達が出来たもんです。だけど、俺には過去から現在まですべて通して付き合ってくれるような友達とか家族がないって思った時の孤独は辛かったです。
先週あたりに親父がバイクを買ったんですよね。若い人に混じって二輪の講習を受けに行って、バイクで用事もないのに近所を走るようになって、自信を取り戻したのか小言がゆるくなったというか。そうなると、今まで何か方向性を間違った努力だったのかなと。お金がない苦労に比べたらお金持ちの悩みって贅沢というかすごく細かいことなんだけど、結局人間って心と体で出来ているわけだから体の心配が無くなれば、気の持ちようが全てで、気を作っているのは人間関係なわけだから、自分の満足は結局他者との関係で与えられているひとりでやっていけるという人もいるけど、そういう人はひとりでなく、多くの人から無形の超越感を得ているからひとりでやっていけるだけなんですよね。