「勝てば何かが報われる」そう思って恨みをぶつけてきた

俺は人生の失敗をゲームにぶつけてきた。

例えば受験に失敗したら浪人して受験勉強をするか、高卒としての進路をを考え直すか。大学に進んだ同級生とは話が合わなくなり、ゲームセンターでバイトをしながらフリーターや遊び人を仲間だと思うようになり、その中でゲームに没頭して、ゲーム大会で優勝でもすれば何かが変わると考えていた。

もう、何が変わるってそれは劇的に。受験に失敗したことは贖罪されて大金が手に入って思いの相手と結婚できて仕事もしなくて良くなって死んだら天国に召されることが決まるような。

そして、そのためにはどんなに難しいコンボでも極めなければならないし、相手の技で13フレームを超えたモーションは全て無敵技で返さないといけないと考えた。

それが上手くいかないと人生のツケに請求書が付いて追いかけてくる。逃げるように打ち込んだ。出口のない迷路を駆け込み寺のように見立てて走ろうとした。

ゲームに負けて腹が立つ時、とりあえずはゲームのプログラムが自分が必ず勝つようには出来ていないことに腹を立てている。

腹が立つほどムキになって打ち込んだ日々もあったが、最近はそこんとこ冷静になれる。受験は落ちた。そのことは専門学校に行っても資格を取っても就職しても贖罪できなかった。そして贖罪になると思っていた会社勤めも辞めてしまった。

それでもゲームはしたいと思えば大抵いつでも出来る。特別なことではない。勝っても何もないと思う人も多いだろう。勝っても何もないが、負けたら心の借金を踏み倒すことになる。勝っても何もないように見えるのは、心の借金が多すぎて勝って喜ぶまで心の状態が良くなるわけでないから勝って何かを得ているように見えないだけで、挑み続けて勝ち続けることでバランスが保たれている。

「負けたら馬鹿にされる」

その恐怖がゲーム中の細かい失敗への苛立ちになる。負けるのが怖いわけでなく馬鹿にされるのが怖いんだ。勝っていても馬鹿にする人はもちろんいて「子供かよ」「機械かよ」「サルかよ」というような負け惜しみの類には耐えられるようになった。

じゃあいっそ、負け慣れてみたら、負けも怖くなくなるのだろうか。とかく俺は人生において唯一の敗北が大学受験だったと思っている。ガリ勉が不良になって大学に落ちた。どうしようもない。

それ以外のことは傷つかないように全力では打ち込んでいないと自分を甘やかしている。

ギターだって、プロギタリストを目指しているわけでなし、趣味だし、と言いつつオーディションを受けて落ちたり、有料ネット配信を始めて誰からもダウンロードされずに開設手数料を丸損したりと散々なのであるが、負けたとは思っていない。

プログラミングもアプリ作ったり仕事にしていたこともあるけど、コンピュータ将棋世界選手権には出場すらしていない。負けに出るだけなのは目に見えているが、せめて記念参加でもすれば名前くらいは売れるかもしれない。これは勝てると思えない。

こんなブログでも読んでくれる人はいるのが世の中の不思議で、しかし人気ブロガーというわけでなく、陰口のごとく昔書いた記事のおかしな奴が槍玉に挙げられてアクセスが伸びているだけで、新着記事を追いかけて読んでくれる人は少ない。

そこへ来てゲームって何だろうと思うと、これは今では趣味のひとつだが趣味ではないゲームって何だろうと振り返ると、やっぱ間違いだったんだなと思うんだ。

ゲームに負けたら馬鹿にされるということを恐怖に感じたり、失敗に怒りを感じたりしていたら悪い癖がついてしまう。冷静に事に当たれる精神面を先ず安定させて、自分のやりたい分だけやる。今ブログを書いているのはまだゲームをしたいというエネルギーが溜まっていないから。

ギターでも、向いてないとか遅すぎるとか辛い道だとか言われても、自分がやりたい分だけやって少しは形になった。それ1本で食えるほどでは無いにしても。

プログラムも、タイピングが専門学校の学級で一番遅かった。資格は満点で指が遅いという頭でっかちが、どうにか仕事をこなすようになった。これもやりたいことだから。

じゃあゲームは、本当に得意だったの?一番下手なのに「ぷよぷよ」とか「真女神転生」の話を周りがしていてもずっとストリートファイター1本だったんじゃなかったっけか。

もともと下手なんだということを隠そうとして、適性がある天才みたいに見せたいって思うから負けが怖いんじゃないの?

地道にやるしか上達の道はないんじゃないのかな。やりたくない時があるってことは夢中でそればっかで一番になるタイプではもうないんだ。

だけど、もっと長い目で見て。変化を感じ取れるなら、ぶつかって行き止まりに思うところまで進んでみても良いんじゃない?行っちゃう?

ホント、SNSとか自分より上手くて人気があるやつばっかで恨めしいけど、その1割で良いから自分にくれって思うこと、全部くれって思うくらいの気持ちでぶつかったら1割くらいはもらえるようになるかもしれないなって思って、楽天的に。能天気に。

今日も。