プロスポーツ選手の引退後を参考にしようと思った

講談社現代ビジネスと東洋経済オンラインの2誌でプロスポーツ選手の引退後についての記事を読んだ。

現在俺はプロゲーマーではないが、会社員のプログラマーという職を事実上休職していてブログを書いて日課としてカプエス2をやっている。学生時代に資格を取り一度はプログラマーになったがその道に迷いがあり、ゲームは続けているがそれが収入になるわけではない。ゲームで食う道というのは近頃出来たばかりで未だそれには有附ておらず、プログラマーに復職する以外の道は完全に前人未到である。

これは恐らくプロゲーマーとして職につけている人でも同じことで、いつかは引退の日が来てその後のキャリアは今から考えておくべきだろう。

そんな時に何となく求人情報を眺めるよりはプロスポーツ選手の引退後が前例として参考になるのではないかと考えた。講談社の方はプロ野球を引退した選手は年を食っても社会人1年生としてゼロからキャリアを積んでゆくという道が、東洋経済に置いては厳しい競争を勝ち抜いたプロの資質は優秀な潜在能力であるはずで社会のほうがその力をいかにして引き出すかということを考えるのが課題であるという落とし所であった。

それを読んで俺はどうするかというと、当面の暮らしとしては親父の自営業を邪魔する格好で生活を立てながら、親父に甘えられないようになるこの先のことを計画しなければならない。元々、就職した時はもう親に甘えるつもりはなかったが自殺未遂から病気になり野垂れ死ぬ代わりに親に引き取られた2度目の人生。ときどき勤めていた時代のコネで仕事をもらって手にしたお給料は趣味に使いながら数年前からゲーマーとしてプログラマーとしてでなく、あるかもしれない新しい生き方のために準備を始めている。

ゲームは「ながら」で充分続けられる。ただし、講談社のようにゲームは置いておいてゼロから何かを始めるならともかく、東洋経済のようにゲームの強さが資質に成りうると考えたいなら、せめてゲームはもっと上達してからそう考えないといけないと目標をあらためた。

スポーツより運動量は格段に少なく、40歳でも充分戦える。あるいは戦力外に分類されるのかもしれないが、そうなると他の道を余儀なくされるスポーツと違って、ゲームは電気が通っていてテレビとゲーム機さえあれば他者から与えられたリミットでやめざるを得なくなるということがない。

出来てしまうがゆえにズルズルと悪い方へ行かないよう、自分を律して続けたい。