精神病に至るまで重装機兵ヴァルケンの話

俺は重装機兵ヴァルケンのハイスコア全国1位を持っている。

これはVHSに保存されているが、俺の記憶では俺が出したスコアだ。

そしてこのスコアは電波新聞社の雑誌募集ハイスコアより高い。

どうして「俺が出した」ではなく「俺の記憶では」と書くのかというと、ネットにビデオを公開した時に別の人に「自分が出した」と偽証されてそれが偽証であるとまだ立証できていないから、立会人不在の引きこもりゲーマーとしては「俺の記憶では俺が出した」としか言いようが無いからだ。近所の料理屋の主人はいつも店の前に立って俺の部屋から漏れる音を聞いていて、何度も重装機兵ヴァルケンをやっていたことは音を聞けば「このゲーム毎日やっとったな」と言ってもらえるかもだが、それではハイスコアの証拠にはならない。

しかし、ネットに公開したのはVHSをテレビで再生してNECのN906iで撮影したものなので、エンコード前のファイルは俺が持っているし、VHSの実物で全部つながっているものもある。だから、動画が細切れでなくテレビ再生をカメラで記録したものでもなく、映像が切れ目なくつながったスーファミVHS直撮りの一発映像を俺は持っていて、誰にもまだダビングしていないので、俺が撮影者であることはあぶり出しで立証できるはずだ。

ただ、プレイヤーが俺であることはどう考えても立証が難しい。俺の部屋には俺しかいないので、俺は当時は深く考えずにビデオに納めれば俺の勝ちだと考えていた。

それがビデオに収めた後にどんどん疑われて偽証もされて、京極夏彦姑獲鳥の夏の主人公が「自分が過去に生まれて現在につながっているのではなく、今までの記憶を持って今生まれたと考えればそれは否定できるか?」という哲学的な問題に直面する。

そう考えてしまうと、例えばプログラマーとして働いていた記憶に高層ビルの構造解析でも谷六の狭いビルで8人ほどのプログラマーで集まってソフトを組み、結果完成したソフトで九州にビルが立ったという連絡を受けたが、誰かが俺を罠にはめるため谷六のビルに7人の役者を用意してそこで俺が無意味なプログラムの仕事をさせられて、ビルなど建ってない、俺の仕事はピエロの如くであった、と考えてしまうと、それ以外のすべての仕事も部屋の中での出来事で社会とのつながりが無いという感覚になった。

そういう風にどんどん考えていくと俺はずっと観客のいない舞台役者のようにあちこちの部屋に連れて行かれてそこで意味のないプログラムを組み続けたのではないか、世の中の何人くらいが世の中の人で何人くらいが役者で、俺の住んでいる世界は何なのかと考え出して発狂してマンションから飛び降りそうになり、駆けつけた友人がタクシーで精神病院に運んでくれて父親に一度引き取られてから家に近い病院に入院した。

入院は数ヶ月で、それから退院後はシャープの工場でプログラマーをしていて、工場は大阪のオフィス街と違ってプログラムルームも総務課も食堂も喫煙所もデバッグルームもとにかく人が色々いてつながっているので、今までの現実ではない感覚は緩和されたが、工場の中でどうして構造解析のようなソフト屋が工場で機械制御の簡単なプログラムに配属が変えられたのかということが噂された。

それで、通院は今でも続いていて、今は働かずに自宅で引きこもって在宅ワークで小遣いを稼いだりパチスロを打ったり、家でこのようにブログを書いたりプレステや3DSで遊んでいるのだが、アメリカに飛行機で行ってストリートファイターの大会に出たことも、今となると夢のようであり、デジカメを持ち歩く風習がなく、俺の記憶の中では確かなことなのだが、最近は朝起きると夢をみていたのか深夜番組をつけっぱなしのテレビで見たのかの区別が曖昧で、俺は既に精神病患者なので人を殴って警察が来ても病状で責任能力なしとされるどうしようもない状態である。

言ってることを信じてもらうこともなければ、引き換えにやったことの責任も取らなくて良い。ただし、会社の業務責任上では退職を余儀なくされ、収入は在宅ワークに保険を足した少ないものである。

だが、最近段々と意識がハッキリしてきていて、誰にどう思われているかが基準となるのではなく、自分が信じていることを他者に示すにはどうすればいいか、それがどんなに悪い条件での取引であっても信用を得るためにそれを飲む、つまり「損を承知で」という気持ちになると、少しずつ道が開けてきている感覚がある。

だいたい、プログラマーで精神病になる人は多く、それは人間が目で見て手触りのあるものを作るように進化してきているのに、内部ロジックの考察に終止するプログラムの世界で論理が破綻しないでシステムを組み上げきれるニュータイプみたいなやつは少数派だから、たくさん人を捕まえてプログラムを書かせて出来の良いものだけを採用する競争の中で精神を保って思考を続けるのは病的なのである。

今ではプログラムコードを眺めると頭痛がしたりもする。薬も飲んでいる。だが、その状態でビジュアルベーシックでソフトを組んでベクターに公開できたので、近所の人や街の人や家族には分からないかもだけど、ネット上では俺はプログラマーとして認知されていると思っている。だから、誰にも言えない事でもネットの誰かには届くかもと思って現実の人間関係を疎かにしてネットにブログを書き続けている。

これは囲碁で遠くに布石を貼っていく感覚に近く、遠い人知らない人でもミヤザワという名前を知っていって、やがて自分に辿り着いてくれれば、重装機兵ヴァルケンのスコアが全国1位であることが明かされ、今まで働いてきた職場が役者とセットであったのか現実であったのかハッキリしてくるのではないかと考えているからだ。

厄介なことは会社業務や開発部が基本的に社外秘とされているところである。同じくプログラマーで腕が立つのに会社にソフトを納品して、その作者が本人自らの宣伝のために会社名や商品名を明かしてよいという条件で仕事をさせてもらえることは珍しかった。だが、法律的に守秘義務の厳守は労働契約期間中のみであるので、終わってから「アレは俺がやった」というのは勝手なのであるが、その時には労働契約は終わっているので「内製です」と突っぱねられると会社対個人になってしまう。

しかし、やがて革命は成し遂げられるだろう。それまでは辛坊である。